彰化市で農村交流&彰化女子高で交流。家長会と夕食

高速鉄道高雄の左営駅発8時、高鉄616号台湾新幹線にて台中市へ向かう。

台中駅9時01分到着後、バスで彰化へ向かう。今日のコース予定は彰化女中(彰化女子高級中学=日本の高校の呼称)さんとの交流ですが、内容は全てお任せで頼んであって、どこでどの様におこなうのか判らない状態。『私に任せて下さい』と担当の先生から云われ、お願いしていたのです。午前中と夕食会は家長会がやってくれるとも伝えられてはいたのですがアリガトウゴザイマス。

乗り込んだバスの中に彰化女中OBで81歳のご婦人馬さんが『後輩が長野でお世話になりました。その御礼です』と乗り込んできた。懇切丁寧な案内をして頂く。それにしてもこのお年で頭脳明晰、流暢な日本語と知識量は現代人の私には到底及びもつかない人で、この方は夜10時過ぎまで付き合って呉れた。心より感謝を申し上げます。

この地の有名な宝蔵寺を学校側の案内で見せて貰う。ネオンサインに【歓迎光臨・長野県温情停留協会】と書かれ、爆竹を鳴らして歓迎をだ。特別対応をして頂き一同驚かされる。中国系のお寺さんの理解が判ったような気がする。

次に台湾一の『パイナップルケーキ』製造所を見せて貰う。産業観光ですね。どの様にしてここまで来たのか。苦労の一端を紹介して貰う。えっ、そこまでやったのかですね。

お昼は鶏肉料理の有名店で頂く。ここに歴代の同窓会長が同席、高齢者は86歳。凄い組織ですね。県知事を歴任し、国会議員の方とも名刺交換。この場から同行してくれた隣に座った校長先生から、これ以上食べきれませんと云うほど料理を皿に取り分けて貰う。これもこちらのおもてなしマナーなのかな。

食後彰化女中さんへ。校長先生に出迎えて頂いたがこれが本当に凄い!目を見張るぐらいに本当に凄いを連発する。入口から100メートルを超える両側に生徒さんが『こんにちは。ようこそいらしゃいませ』を拍手しながら連呼して呉れ、通路を曲がったらまだ30mは続いているではないか。

接待室で交流開始。親書をお渡しし、お土産をお渡しする。新聞社が取材に来ていたり、ビデオが回っていたりでした。

ウーロン茶の作法に従った飲み方を教えて貰う。日本の茶道と同じ形の形式が有って、日本独特の茶道だけではない事を教えられた。この場で受け入れ家庭と来日学生さんの交流が開始され、始まった時には嬌声が響き渡り、抱き合っていた。

私達は校長室に通される。校長室の第一印象はこれも凄い。こんな校長室は日本には無いでしょう。一番記憶に残るのは【国力在教育不忘】です。これが台湾の教育の原点だと思い知らされる。

この部屋にも学生さんが10人が来ていて、学生さんは校長室には入った事が無いと云う位権威が有る部屋なのだろう。部屋にいた全員で写真を撮りまくる。家長会や同窓会のお歴々も同席、交流をさせてもらう。

3時を過ぎて今度は古い港町だと云う『鹿港』に行く。古い建築物が林立していて、彰化女子の歴史の先生が案内してくれる。素晴しい街だった。

最初に行ったのは有名なお寺さんで、先日までお祭りが有り、1000万人が参拝に訪れたと云うお寺さんだったが、ここで腰を抜かすほど驚かされる。大門の下にネオンサインがあり【歓迎光臨・長野県温情底流協会】と書かれていて、鐘を鳴らしての歓迎。こんな大歓迎は後にも先にも絶対に無い。恐れ入ります、だ。更には専門家がお寺さん内部を案内してくれ、お供え物を献上する手筈にまで用意してくれてあったり、特別室でお茶まで頂く。普通だったら【ありえない】だと口々に声を上げる。

そのあと、歴史の先生が町歩きを先導して呉れ、鹿港の本当の町歩きをさせて貰う。路地裏歩きで懐かしい光景が一杯。ここに設問が有れば観郷ウォークだ。

終わって夕食会場に。行った先は家長会が手配していてくれたキノコ料理専門店。今回の台湾行で食べて来た料理に重複が無い。こんな事が有るのかなぐらいだ。

途中から台湾最高峰3952mの『玉山』の登頂に成功した金井さんが合流。皆に祝福されて美酒だったでしょうね。家長会や同窓会のお歴々も先生方と同席して呉れ、盛り上がる。台湾式の堅い指切りをして、長野に遊びに来て呉れることになった。お待ちしています。10時過ぎに私の音頭取りで、日本式3本締めを行って解散。

宿舎は台中の福華大飯店。ここで宿泊手続きを行って、金井さんの登頂記念のお祝いを行わせて貰う。12時近くに終わり。帰ってパソコン。

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  • ♪ふるさと応援歌『田舎はいいな』

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