せいしゅん日記 過去の記録 〜2003年 02月〜

 2003/02/28
同級生4人と久し振りの飲み会をしました。 役場の課長職を勤めたり、建設屋の常務と成ったりで 皆偉く成っています。 長野県は知事が替わった為か、業界が大きく変わりつつありますが、判っている人、まだ理解出来ない人、入り乱れての話しは何時までも尽きません。 迎えの車を1時間も待たせてしまった。ご免なさい。

気の合う同級生と焼鳥屋で情報交換会の名目で痛飲、美味い


 2003/02/27
清水牧場の清水さんと 牧場の候補地として『美しの国スキー場』の跡地利用を出来るかどうかの確認の為、現地に行って来ましたが 現地は雪で 歩く事すら困難な状態で、見渡せる所で断念。その後行政に挨拶に伺い、課長、係長、係に牧場の計画を話し、協力を求める。 夜はグランピア会。28人が出席し、賑やか。

雪が腰まで有って 歩くには大変、積雪の多い苦労が判ります。

色々な教室の人達が集まって交流会、その後10割蕎麦で宴会


 2003/02/26
菅平高原のプリンスホテル(大久保社長)と 『ほっとステイ』の業務提携をする事になり、午後出掛けていく。 資料を説明しながら話しを進め、双方合意となる。
『ほっとステイ』に一般の人が 7月20日に150人の団体で来て頂ける事になり、その連絡が入りました。 ヤッターの心境です。これから本当に忙しくなりそうです。

菅平高原のプリンスホテルの大久保社長に細かい説明中です


 2003/02/25
朝8時45分に役場の産業振興課の課長と商工係長が見え、4月に来る愛知県の三好高校の昼間の農業体験を 『信州せいしゅん村』の組織で受入して貰えないだろうかと打診される。 今までは農家民泊を優先して行われてきた事業を、ここで見直し、より触れ合いが出来るせいしゅん村の『ほっとステイ』にと。条件付きOK。

東信ジャーナル紙第一面に『利き蕎麦の会』が写真3枚付きで紹介


 2003/02/24
【日本の輸入している食べ物は、面積にすると どの位になるか教えて下さいの問い】日本が輸入している食べ物の為に、日本の農地479万fの2.5倍に当たる1200万fもの海外の農地が使われていますと統計事務所から回答が出された。これで行くと何気なく食べている日本人の食に対する農地は 全農地を使っても賄いきれない?!朝刊に昨日の『利き蕎麦の会』が大きく掲載されていた。他の紙面もどう出ますかね。

『利き蕎麦の会』が信濃毎日新聞の一番良いところに掲載されている


 2003/02/23
今日は『利き蕎麦の会』の開催日。朝9時に集合して準備に取りかかる。人員配置を決め、会場作り、調理場の手はずetc。 9時30分から5人でくだんの『寒晒し』をした蕎麦を打ち始めたのは良いのですが 水分量が掴めないため『水回し、捏ね』が上手く行かない、4回も水を足し漸く打てました。 総勢60人程が参加し、135食を少し残し終了。 皆口々にこれは美味しいと誉めて呉れます。これからが楽しみ、苦しみかな。

長野県下の蕎麦屋さんを歩いている知り合い夫婦も『これは旨い』


 2003/02/22
東信ジャーナル誌に 長野県で画期的な県新規事業として、新産業創出へ産学官連携して産業構造転換を計る為に、意欲ある人・企業支援を行っていくと掲載され、私達もこれに参加して申請して行こうと協議をする。その後、明日の『利き蕎麦の会』の打ち合わせと準備。 
中国の朱鷺が70年代の7羽から400羽になったと報道。

村の余里区に『トキノス』と云われる集落が有り、昔は武石にも居た証拠?


 2003/02/21
時折吹き付ける突風に目が覚めてしまう。冷たい風が吹き荒れた一日でした。
午後、大西製粉へ寒晒しそば粉を取りに行く。 寒晒しの蕎麦の話しで今後の協力をお互いに約す。帰路、北御牧の清水牧場チーズ工房へ立ち寄り、牧場の標高の有利性を伺う。私達の希望も話し、楽しみが又増えました。夜7時から農協の組合員懇談会が開かれ、事業方針、農業振興計画の説明が有りました。

可愛い子羊が元気に育っていました。(前は寒さで死にそうだった)


 2003/02/20
豪州の米生産量が干魃により 前年度比71%減の大凶作と報道される。他の穀物も50%以下。食料生産を外国頼みとすると恐いですよ。自給率を高めよう。
菅平高原の プリンスホテル社長の大久保さんの所へ 蕎麦打ちを教えに出張。
丁度埼玉の学校がスキー教室に来ていて、教頭先生、旅行会社の添乗員の方と『ほっとステイ』の件で 説明をさせて頂く。 プリンスホテルさんは業務提携させて下さいと申し入れされ、旅行会社さんは 学校へ働きかけますからと云って頂く。
こちらこそ宜しくお願い致します。吹雪の中を帰宅、滑りそうで恐かったですよ。

皆さん、食料を得るには命がけだよ。雪の中を必死に餌を食べるツグミ


 2003/02/19
老人クラブの会長宅へ 『ほっとステイ』の説明に伺う。 老人クラブとしても若い人と何か関わって出来ることがないかと アンケートを取りまとめている最中で 積極的に考えて行きたいと 返事を頂く。 ぜひご協力をお願いします。 
知り合いの瓦屋さんが顔を出し、不景気な世の中でも 景気の良い人もいると話される。羨ましい限りです。
地域紙『東信ジャーナル』に 寒晒しソバの『利き蕎麦の会』開催の知らせが載る。

浅間山がこの頃高く噴煙を上げ、元気一杯。 なお心配ですね


 2003/02/18
『利き蕎麦の会』と呼称して 「寒晒し」した蕎麦の試食会の 参加者を募る事になる。
役場に行き村長、助役、課長に 案内状を配る。 村長と30分、係長と1時間30分この「寒晒し」の活用法について話し合い、今後が楽しみです。 
丸子町役場で『信州せいしゅん村』の 取り組みについて説明。 
夕方友人の奥さんが顔を出し、ついに3月でリストラになってしまう、良い働き口がないかと 話して帰られる。いよいよ大変。

ツグミが来ています。ヒヨドリ、ムクドリ、モズ、雀が庭先を賑わわせます


 2003/02/17
午前中、小諸市の『大西製粉』へ 寒晒し蕎麦の製粉を依頼に行く。 製粉やさんだけ有って機械設備を見せていただいたが凄いですね。 昨夏軽井沢で蕎麦屋を開店していたそうで 知人の奥さんがお手伝いをしてくれたとの事、相変わらず活躍していますね。 
午後 学校給食供給組合の出荷予定数量会議、農薬問題が決まってきたので 手続きをやらなければいけません。 夜は 三好高校の受け入れ会議。
4月16〜18日で 確保が大変ですが120人と120人が民泊で来るようになります。

1分間に18回転の石臼挽き製粉機が 3台も唸りを立てていた


 2003/02/16
朝から雪が降り続き、結局 大雪となって20cmも降り、折角消えてきていた雪が又積もってしまった。
今日は狩猟期間が終わったので 友人2家族と山里歩きをして、沢蟹を捕ったりして楽しもうと云う事になっていたのですが、予定を変更して諏訪湖の湖畔道路沿いに有る 直売所を渡り歩き、食事やウインドショッピング。

雪が降り、まとわりつかれた木々も迷惑そうですが 綺麗ですね


 2003/02/15
9時からソバ道場。今回は25名の参加者です。顔見知りの人も増え、質問も高いレベルでされます。やる気が見えて嬉しくなります。 終わったときに次回の受付もしていますが 次回3/16の申し込みがもう12名になってしまいました。 
23日に行う『蕎麦試食会』の運営方法の打ち合わせを 他の部屋が空いていない為、調理実習室のテーブルの上で行う。23日9時集合、3種類のそば粉を使い、試食する。

転勤で東京に帰る人も 信州の土産話に蕎麦打ちを楽しまれる

終わったあとは調理室で打ち合わせ会。こんな雰囲気も良いのかな


 2003/02/14
マイナス8度、久し振りの寒い朝です。いつの間にか朝の気温が−2〜3度になっていたのですが 寒い、でももう少しの我慢です。 春がそこまで来ていて今年は梅の開花が早いそうですね。 
WTO世界貿易機構の 農業分野での交渉が始まっていますが、議長の示した第一次案が 日本に取っては非常に厳しい、でも報道機関は農業新聞だけが大きく伝え、他は無いか小さい。これで日本の食料は大丈夫なの??

我が家のシナモンは ストーブの前で『食』の心配なく寝ているが


 2003/02/13
滝沢さんと『獣害解決柵』について話し合い。新しい機種の開発が 順調に進んでいるようです。 
薪用の木を切ろうとしたら チェーンソーの調子が悪い、エンジンに抵抗が掛かった時に 吹けなくてエンジンが止まってしまう。 調べたらダイヤフラムが堅くなってしまっていて ダメだったです。 修理費が掛かりますね。

警告の表示が出てしまい メールを頂いた方と悩んでしまいました


 2003/02/12
朝9時に 上田で牧場をやりたい清水さんと待ち合わせ。 上田と武石の候補地をを案内しやれるかどうかの条件を調べることになりました。武石に来てくれれば 又活性化の一つになるのですがね。 
軽井沢で夏祭りに信州せいしゅん村で 出店しないですかと声掛けが有る。検討したいと返事する。
今日は妻さんの誕生日でした。

炬燵で一休みをしていましたが 妻は?歳、恥ずかしい盛りです


 2003/02/11
朝の気温が2度。今日は一日中暖かく、氷や雪が大分融けてくれました。 寒晒し蕎麦の天地返しも大忙しです。早く乾かないと製粉出来ませんからね。アメリカのハワイから『獣害解決柵』の問い合わせが 英文メールで届く。 英語の苦手な私には こういう問い合わせは困ってしまいますが、何とかやって返事を出したいです。

毎日3回の 蕎麦の天地返しをやっています。甘くなりますよ


 2003/02/10
春がそこまで来たような朝です、気温0度。 1/8日に載っている一人暮らしのおばさんが 雪道で転び、頭部を打ち、救急車で運ばれ、頭の中で内出血していたので、上田市まで行って 病院に入院し手術をして取り除き 入院中と聞く、気を付けましょう。
『農業共済新聞』を100枚コピーし、関係方面に配る事にする。蕎麦会の打ち合わせ。

雪が融け、覆われていて判らなかったゴミがひどい 町の信号機の脇


 2003/02/09
昨日の蕎麦を天日干しする。 台を作り、籠を作り、ゴザを調達し、押しあけて均す。
書くと簡単ですが大変ですよ。 これで乾いたらフルイに掛け、唐箕に掛けて調粒し、漸く製粉する事が出来るのです。 仇やおろそかに食べる訳にはいかないですよ。
午後は武石村の地域総合型スポーツクラブの設立準備委員会が開かれる。今日は朝からみぞれで日中は気温が上がり、雪や氷が大分融けました。でもまだまだです。

道祖神祭りが行われ、山車を先頭に集落の家々を回って歩きます


 2003/02/08

あまりの大きさに驚き、引きつった顔。 ただ恐れ入るだけでしたが、でも!!

農業共済新聞のトップページ・第一面の全面に信州せいしゅん村の記事が

驚きの記事が掲載されました。  『農業共済新聞』のトップページ・第一面の全面を使い、信州せいしゅん村を取り上げた記事が大きく出ました。 全く思いも寄らない扱いで 驚いています。活動が評価された事は判りますが、それでも大きく扱い過ぎではと思いますが、時代の要求に 合致している活動なのかなとも メラメラと自負心も湧いて来ます。これで負ける訳にはいかなくなるねと掛川さん。頑張れるだけ頑張るしか有りません。

3時から4人で2週間前に浸けた 『寒晒し蕎麦』を水中から引き上げる。寒くて冷たかった。でも味で返して下さいね。23日に蕎麦三昧を。夜7時から『のうのうの会』、視察報告で議論又議論。


川底から引き上げるには重すぎて 一度には引き上がりませんでした

寒い中を 俵を漸く引き上げられて『良かったない』。一同安堵の表情



 2003/02/07
ホテルを7時30分に出て、島根県津和野町へ行く。 人口5900人、武石より僅か多いだけ、でも有名ですね。江戸時代からの家並みがこんなに少なくても人は来る。
平坦で、水辺に親しめ、お祭りと和紙製品、著名人が輩出され その記念館が有る。
武石には こんな条件は望む事は出来ない、ただの田舎ですから。 でもそれを生かして、活用して行かれれば 何とかなるのではと 思っているのですが。だめかな??

津和野。と云えば鯉かな。 鄙びた町並みに水が流れる この風景が


 2003/02/06
今日は山口県の萩です。 明治維新の原動力になった 若いエネルギーが発生した事で有名です。 松下村塾を開いた吉田松陰が教えたのは たった2年です。
時代に合った、待ち望まれた事で 時宜を得ただけでは無い、伺い知れない事が知りたい。 これだけの間に沢山の若者を突き動かした 力は何だったのでしょうか。 

萩。案内板は有名人の旧宅が一杯。吉田松陰、高杉晋作、桂小五郎・・


 2003/02/05
 
早朝出て 大分県湯布院町へ行く。 町おこしの状況を見たいとかねがね思っていたのですが漸く行かれました。 周囲は山が取り囲んでいるのですが、私達の武石と較べると違和感が有ります 。もうテーマパークそのものですね。 最初から描いたイメージなのですかね。 お店に寝起きしている人は いないそうです。
若いアルバイトの人が切り盛りしていて、経営者は実務に就いていない様です。

湯布院。気軽だから良い所なんでしょうが 触れ合いは無いです


 2003/02/04
関東農政局長野統計事務所上田から 所長さんと担当の小林さんが見える。
『ほっとステイ』の事を「農林情報の分類:4 農山村の活性化」の記事にしたいと話しが有りましたが、これでもう3回目になります。 『せいしゅん村』の事ばかり 記事にしたくないのですがと云っていましたが、 有り難う御座います。

雪の中に点々と続く獣道。鹿が里まで出てきて悪さをします


 2003/02/03
早稲田大学の浅井先生が 10時過ぎに武石に来ました。借りてる余里の研究施設に実験道具を持ちに来たのでした。 暫く連絡が無かったので 心配していたのですがお元気そうで何よりでした。1 2時にはもうお帰りになりました、忙しい人です。
『ほっとステイ』の受け入れ家庭に配る書類が出来上がり 大高木さんと打ち合わせ。

久し振りに来た浅井先生と滝沢さんとお茶を美味しく頂きました


 2003/02/02
東京から急に義弟が 外国のお土産を持って来てくれました。 珍しい雑穀類ですが今年はそれを蒔いて どんな物が出来るか試して見たいと思います。
 丁度今日は 我が家では「餅つき」で 臼と杵を持ち出して、準備に掛かる時でした。『やった事がいつだったかなー』と云いながら キビ餅、豆餅を3臼搗き上がるまで手伝ってくれた。

久し振りに姉弟で力を合わせた仕事、餅つきをやり、いい汗ですと


 2003/02/01
上田の滝沢さんが見える。 新型のセンサーを ここまで出来たよと云って見せてくれました。 これで猿キャッチのセンサーが ほぼ完成したと云う事になりますがこれから応用して製品にして行かなければいけません。もう暫く時間が掛かります。
望月町の農林課から『獣害解決柵』の問い合わせが来て、試して見たいそうです。

ストーブの中の『オキ』を見ていると いつまでも飽きないですね






back