2008年4月 3日

●大阪。滑り込みセーフ

5時30分に家を出て松本へ。7時05分の中央線しなの2号に乗って名古屋。名古屋からひかりに乗って新大阪、そして大阪駅に到着。

地下鉄に乗り難波駅で下車。11時30分過ぎ、私達信州せいしゅん村が玄蕎麦を供給している蕎麦屋さん、『寒晒し蕎麦・芦生(あしう)』さんへ顔出し。どんなところで商売をやっているのか、どんな売り方で商売をやっているのか知りたくて行ったのです。

予想を超える形で商売がされていて驚きました。外観、内部の設え、雰囲気どれもこれも大したものでした。なるほど2号店を出したいと行っているのが判ります。これなら安心して取引が継続できます。

1500円の蕎麦定食を注文してふと目を上げるとテーブルの上には私達の『寒九郎』と『the幸村』が並べられていて、涙が出るぐらい嬉しくなりました。ここの人を裏切るわけにはいけませんね。頑張ります。

お盆に載せられてきた定食を見ると、満足すぎるぐらいの料理が並んでいて、人気が頷けます。最後にはサービスでウグイの南蛮漬けまで戴いてしまいました。ご馳走さまでした。

1時30分に日本旅行の西日本営業本部の教育旅行担当の三船さんにお会いする。今回大阪に来た目的の、「冬の学習旅行パンフレット」を作成している中で、三船さんにアドバイスを戴きに来たのです。

『わたしだったらこうする』と言う風な的確なアドバイスを戴き、考えの至らないところがありすぎて厭になってしまいます。これを活かすべく、明日から大幅な変更作業をしなければならなくなりましたが、反響が楽しみになるパンフが作れるので愚痴をこぼしてはいけませんね。

新大阪からの新幹線が15時。9分前に改札を通り乗り込んで、名古屋へ。名古屋から中央線で16時発に乗り込むのに新幹線改札を出るのが7分前。松本着が16時で駐車場の代金が12時間までで1200円、これも滑り込みセーフ。今回の大阪行きは全てに渡って巡り合わせが良くって感謝しなければならないですね。勿論一番の滑り込みセーフは三船さんからのアドバイスが印刷に間に合うことです。ありがとうございました。

大高木さんがほっとステイ下見の学校、愛知県三好高校と東京成城中学を済ませておいて呉れた。ご苦労様でした。


冬バージョン

2008年3月25日

●上田市内の観郷ウォーク

8時過ぎ税理士事務所の横関さんがやってきた。2月が年度末で決算にになっているので来てくれたのです。事業展開にアドバイスをどんどん出してくれますので、大変参考になりありがたい存在の方です。

10時上田へ向かう。10時30分、NPOルーバンデザインの牧谷先生の所で観郷ウォークの詳しい説明をしてお勧めしたら、市内開催地になって行きたいとおっしゃっていただく。ありがとうございます。やはり市内の活性化活動の不毛を嘆いていた。市内に他人事にならずにやろうと思う人が出現して欲しいのですが難しい状況かな。

真田の余頃さんから電話が入る。石川県の小松で自動車はクラッシュしてしまい立ち往生をしているとのこと。体には何もないから心配しないでと云うので一安心。朝送っておいたFAXの内容についてだった。27日の夜8時から車山高原のペンションでの日本旅行様の研修会の懇親会に参加し、名刺交換をしようと呼びかけておいたのです。参加するとのことでした。

12時を回ってお別れし、知り合いの蕎麦屋・琴笙庵の花岡さんのお店に食事に行く。行ってみて驚く。運命のいたずらと云うか巡り合わせと云うか、今行ってきた牧谷先生との話で協力者が必要だなとの認識を大高木さんと話し合って暖簾をくぐったのに、目の前に市役所の東井さんが昼食を取っていたのでした。丁度いいからと悩みを相談し、協力を頼んでみるとOK。良かった、道は開けた。さっそく牧谷先生に連絡を入れておく。

2時30分過ぎ帰宅。丸子の伯母さん宅の見積もりを行い、4時過ぎ入所している『いこい』へ行き担当者の方のところに伺うが生憎不在。伯母さんと話をして帰ってくる。

菅平の大久保さんから観郷ウォーク開催について相談の電話が入る。」どんどん受け入れて開催していきましょうと激励する。

6時前に丸子セレスホールに行く。旧丸子町で行っていた『地域住民提案型事業』の報告会に出席。13の各団体の事業報告が賑々しく行われる。8時45分から審査員の講評となり、私は信州せいしゅん村の11年の活動を踏まえて、10年20年先はどうなるか、目標をどこに置いて活動するか、経済的に自主運営を見据えて、お互いが寄与し合いましょうと発言する。9時20分帰宅。

2008年3月20日

●白樺湖・車山宿泊施設

9時から行われる、信州しあわせ村真田のほっとステイ受入での学校下見に、助言者として大高木さんに行って貰う。まだまだ説明等に落ちが有るといけないので、ご苦労様です。

朝一番で長和町の山口さんのところへ、農作業の件で確認作業に出かける。用件が済んだところへ、NPO法人を立ち上げる準備をしていて、相談に乗って欲しいと申請書を見せられる。農業が深刻な状況になっている中で、素晴らしい姿勢に圧倒されるが、大変さは変わりないので頑張ってくださいと言ってくる。

9時30分、お袋さんと女房と連れだって長和町老健施設『いこい』へ行って、丸子の伯母さんと退院後の自宅での住まい方について話し合う。改造のことも今迄は『大丈夫だよ、やらなくても良いよ』と圧迫骨折が癒えて来たので、自分の体力が戻ったと言い張っていたのでした。

『退院しても、今度転んだら必ず骨折に繋がるから、」転んでは絶対駄目だよ。転ばないように、背伸びをしないようにしなければ駄目なんだよ。今度怪我をして入院する羽目になったら二度と自宅に帰れなくなってしまうからね」。

床の段差解消、手摺りやサンルームを設けて動きやすくするために工事をやることになる。

地方事務所へ提出する書類を訂正を始める。

午後1時に家を出て白樺湖へ。1時30分、亀屋ホテルさんで平岡支配人と、冬の学習旅行誘致について意見交換。考えていることは私と同じなので助かります。

そのあと2時40分、車山高原へ行き、ペンション・トスの前川オーナーと「観郷ウォーク」の件で『車山周辺でコース設定しませんか』とお勧めする。『以前からお聞きしていて、是非やりたいのでお願いします』となり、どういうメンバーで始めたらいいのか悩んでいた。一言助言。そんな方向でやり始めて行きますと返事を頂く。

3時40分、車山高原のホテル『リゾリックス』へ行き、吉澤さんと『観郷ウォーク』と冬の学習旅行誘致について意見交換。どんどん進めて行きたいので協力して下さいとお願いされる。力を合わせて取り組みましょう。

6時前に辞して外に出ると雪が降っていた。そこへ菅平の大久保さんからケータイ。昨日の会議資料を見て感激してよこしてくれた。熱いものが通じる人は頼もしい限りです。頑張って明日につなげましょうね。7時に帰宅。


2008年3月19日

●第26回桃源郷街道実務者会議

朝日新聞社が後援して募集している『日本のさと・100選』の応募書類を朝から作り始め11時過ぎに終わり、申請先に送る。我が旧武石村を一つの里としてとらえて『信州・思い出の里』として申請しました。今月末が締め切りになっていますが、ネットで見たら、すでに1000件を超える応募が寄せられているとのことでした。私の応募も2次審査に残れるのかまったくわからない状態です。何かにすがりつかなくてはいけないかな。

11時30分、午後の会議資料を作成し公民館に製本を依頼しに行くと、公民館長が話しかけてくる。『ほっとステイを武石小学校でやる話の件だが、前に話しが出た時に、「どこの子供だい」といわれるので駄目だと云う事があったそうだが、どうだい?』と。

『へえー、そんな事が有ったのですか。知らなかったですよ。でもそう云われますね、受け入れ家庭には、当たり前だけど本当に。だけど「云われるから嫌だ」でなく、尋ねられても自信もって〇〇の家だと答えられる生活や躾をやっていないといけないんじゃないですか。地域社会が関わると云うことはそう云う事でしょう。保護者が受け入れ家庭に云われるのが嫌だから、やりたくないでは、地域社会は子育てには関われないでしょうね。困ったですね。でも無理しなくていいですよ。』

1時30分から第25回桃源郷街道実務者会議が武石公民館で開かれる。5時05分終了。

ここのところで、メンバーが参加してきた商談会や招待体験会の評価と反省を報告し合う。そのあと、これの質疑応答を後回しにして、桃源郷街道が目指している事を再確認する為に、皆で作成してきた資料の文章に目を通して自覚し合い、発表した内容について意見交換。目指すところを再確認して話しあえば、実りある話がしっかりできます。商談会や体験会は収穫のあった事業でした。

観郷ウォークや元気作り支援金、大学連携、広域観光働きかけの件等沢山あり、ダラダラ会議をやっていると終わりませんので、毎回のことですが真剣に話し合い、来月の第26回実務者会議は王滝で4月13日に開催することになった。

会議終了後、真田の山崎さんから『明日、学校の下見があるので本部から顔を出していただけますか』と尋ねられ、行きますよと返事。あとで話し合った結果、大高木さんに行って貰うことになる。

そのあと青木の沓掛さんが事務所に立ち寄る。今回の青木での体験会の報告を受ける。話し足りないということです。(むらおさの宮下さんがあばら骨を骨折。肺に傷をつけてしまって、入院は1週間ぐらいだそうです。しっかり養生してくださいね)

2008年3月14日

●観郷ウォークin青木

朝食も懐かしい昔料理。我が家のいつもの食事を思い出しながら頂く。8時30分、観郷ウォークが始まる。昨日のほっとステイ体験に引き続いて、招待体験会で12人の参加者が5分間隔で2班に別れて出発して行きました。

観郷ウォークの仕方は、設問ポイント8か所と地域住民に聞く設問2か所の合計10ポイントで、1ポイントに5問ずつありますので合計50問を、5kmを歩く中でその設問を解いて歩きます。コースを回る所要時間が決められていて、その時間より1分早く着いても遅く着いても減点1となります。

出題されている問題は環境問題、食問題、健康問題、地域問題となっています。自分の知識や同行者の知識を集めたり五感を使って解く問題が出され、班員同士の会話が無いと点数が取れないようになっています。

所要時間は2時間。私が同行した班は最後は駆け足になってしまいましたが、6分遅れでのゴールとなり、お気の毒でしたが減点6となってしまいました。話しが弾んで歩く速度が遅すぎたのでした。中間点で5分遅れでしたので、速く歩きましょうと助言したのでしたが、矢張り話がおもしろかったのですね。

ほっとステイも観郷ウォークも目指すところは、人と人とのふれあいを楽しみましょうと呼びかけています。知らない場所へ行って、知らない人と、自分の知らないことの話題を話す面白さはやってみないと解らないことだと思いますが、たくさんの教えに触れ合うことが人生を豊かにしてくれます。参加してみませんか。

みんなで採点した結果、最高得点は74点(減点6ですが)。ブービーは62点でした。優勝者には「マイタケ・大箱1箱」が贈られ、貰った人は当然大喜びですが、2位、3位にも贈られ、それぞれに商品を貰って喜んでいました。

昼食をいただきながらアンケートに答えて頂き感想をお聞きしたところ、皆様方から過分とも思えるお言葉を頂戴してしまうが、私たちが思っている形が評価されたものと喜びあえるものでした。

食後、上田駅にお送りする人と別所温泉へ送る人たちに分かれたので、私は別所温泉へお送りする。別所の佇まいに喜ばれ感謝され気持のよいご案内をさせて貰う。

その後上田市内の後藤先生宅へ伺い、住宅の改修計画の相談を受け、4時過ぎに帰宅。さっそく〔じゃむや:宮下〕さんから電話が入り、ビンのデザインと広告掲載について話し合い。更に茅野市観光連盟の横川さんからの電話で桃源郷街道のメンバーと「連絡を取り合い意見調整。21日に長野県庁に伺うことになる。宮下さんがやってきて話しをし終わって、松本の県工業研究センターの北沢さんと経産省の補助事業申請について手続き方法を相談。新たなthe幸村ができていくのか楽しみになります。

2008年3月13日

●真田・青木の体験会。the幸村分析結果

しばらく事務処理をやってなかったので行う。横関さんが9時25分過ぎ、奥さんとやってくる。お茶を飲みながら、the幸村に関してのこれからの進め方について話し合う。

先日、信州銘醸さんで絞って貰った『the幸村』の分析結果が滝沢さんから送られてきた。

アルコール度数17.7度(昨年は17.3)日本酒度-2.5(同-5)、酸度2.9(同3.1)でした。
一般的にはアルコール度数14~15、酒度±0~+5、酸度1.5位が普通なので、私たちのthe幸村の数値がいかに違うかがわかりますね。

数字で云っても分からないので言葉で表現すると、アルコール度数17.7度(普通は14~15)ですから、強いお酒ですね。日本酒度-2.5(同±0~+5)ですから、スッキリ辛口でなくコクがあります。酸度2.9(同1.5位)ですから、酸っぱさが強いのです。

これを飲んでみると、香りが高く、のど越しがいいので、ワインのような感じで飲めてしまいますので、アルコール度数が高いために酔いが強く、『危ない(酔っぱらってしまうので)お酒』となってしまいます。

王滝で15日に行われる観郷ウォーク開催について長和の柳沢君に連絡をして、先日の長和の資料をメールで送ってもらい出題調整。大高木さんが出向くので、大阪にいる大高木さんに連絡、打ち合わせを行う。

4時15分、青木村の道の駅に到着。体験者の到着を待って、宿泊旅館の「富士屋ホテル」に行く。5時30分からほっとステイや観郷ウォークの勉強会。私の「ふるさと回帰予備校」の教本を使っての講演。真剣にお聞きしていただいた。7時から懇親会。農協観光の塩野さんから、何回も『皆さんの活動に感激しました。皆さんの商品提案に感激しました』とおっしゃっていただく。ありがとうございます。富士屋ホテルでは久し振りの日本料理を頂く。とにかく昔料理で、懐かしさを覚えてしまいました。

2008年3月11日

●観郷ウォーク体験会・純米酒the幸村、絞る。

7時20分過ぎ、宿泊したホテルを出て、上田駅に8時40分着の日本旅行の佐々木さんを出迎えに行く。

9時15分、長和の「マルメロの駅」に到着。観郷ウォークのルール説明を受けて9時40分、3班に分かれて競技開始。11時52分全員がゴール。

12時10分、「和紙の里」で昼食の蕎麦を食べながら、採点と解説、表彰式を行う。

原田さんと佐々木さんを乗用車に乗せて鷹山の「黒曜石ミュージアム」で施設見学。その後姫木平のペンション街を視察。「ここっと」さんに寄り込んで内部を見せて頂き、地域の紹介を受ける。

4時に丸子の長瀬の酒造店・「信州銘醸」さんで、仕込んで頂いていた寒晒し純米酒『the幸村』の絞り作業に、大高木さんも加わって立ち会う。今年の出来具合は、お酒の数値の日本酒度・酸度・アミノ酸度は昨年同様の様ですが、色が今年は磨りが良かったので薄く仕上がっていました。

私以外は運転行為が無いので試飲したが、飲んだ人はこれだけではよく分からない、と云うような事を言っていた。(不安ですね)

5時30分、白樺湖の『八子ヶ峰ホテル』到着。ほっとステイの受け入れを勧めて頂き、またその宿泊施設となる館内を見て、6時30分よりほっとステイの説明会。引き続き懇親会。試飲の際、コップ一杯分を頂いてあった寒晒し純米酒『the幸村』を、参加者で分けて飲んでみる。皆『これは旨い、良いですね。本当にアブナイお酒になってしまいますね』と言って頂く。良いお酒なのかな?と疑っていたのですが、本当に良かったです。

2008年3月10日

●立科・長和の講演会

朝から電話連絡のしっぱなし。休み続けていたつけが回ってしまっている。

13時に税務署で酒類販売の移動販売申請書を貰いに行く。説明を受けたあと、知人の所へ顔を出し、上田公園前のお店を、千本桜祭りの期間中にお借りし、「寒晒し純米酒・the幸村」の売り出しに使わせて欲しいとお願いし、了解を頂く。

14時に地方事務所商工課へ行って、坪井さんに地域を越えた観光の推進に協力を要請する。次に庄村さんに寒晒し蕎麦焼酎と寒晒し純米酒の販売について、経済産業省の支援事業に該当するので申請をするかどうかを相談。申請を薦めましょうと言う事になる。

地方事務所での話しを切り上げ、上田着3時18分の電車でお越しになる大阪の原田さんを出迎え、4時30分、白樺湖の池ノ平ホテルへご案内し、私と一緒に、立科・長和のほっとステイ商談会に参加。

5時から私の講演が1時間。そして6時30分から懇親会。ふるさと回帰に対する熱意は皆さん凄いものがありますね。各地の宿泊施設の人も参加してきたので良い意見交換ができ、有意義な時間を過ごすことができました。一度は泊ってみたかったホテルなのでここで宿泊する。


2008年3月 6日

●7時間の列車の旅

今朝は8時30分にロビーに集合、9時に一校目にお邪魔する。今回の修学旅行キャラバンで伺う学校は皆私立で校舎も先生も生徒さんも素晴らしいので感心してしまいますが、この学校さんも幼稚園から高校までの一貫校で、応接室には高校生が獲得した優勝旗やトロフィーが所狭しと並んでいた。各種の活動への思いと成果が示されていて、驚くばかりです。

二j校目は生徒数500余人を数える学校さんです。教頭先生は白樺湖をよく知っていて親しみが湧く様です。何回も行っていたそうですが、現在は違う場所へ行っているとのこと。

理由をお尋ねすると、入試方法が変わり、前期後期の2回になった影響で、試験を中学校と高校が2回づてに行うので、4回あるようになり、入試を1月には行うことができなくなり、12月にやるようになってしまったと言っていました。そのため積雪に不安のある地域には行かれなくなっているのですとお話しを頂く。これには困ってしまいますね。どう対処しましょうか、本当に困りますね。

スムースに訪問が終わり、予定を早めて帰宅行動に移ることにする。大分に行っている青木の宮下さんに連絡を取ってみると、向こうも予定を終了したとのことで、時間を早めて帰ることにする。

私は熊本発11時55分で博多でのぞみに乗り込み、小倉で宮下さんと合流。名古屋で中央線に乗り換えて5時発で松本到着7時07分。7時間の長旅でした。

列車の中では宮下さんとキャラバンで得た情報を分析しあい、茅野の横川さんと意見交換し、早急に対処しようと云う事になった。なるべく早くしましょうね。

2008年3月 5日

●熊本で学校廻り

朝8時15分博多発、熊本行きの電車に乗る。熊本市内の私立高校へ伺って長野県への修学旅行をお勧めするキャラバンです。

電車に乗って驚き。内部が飛行機みたいな内装や収納になっていて、『今日の運転手は・・・、車掌は・・・、客室乗務員は・・・と・・・です。よろしくお願いします』とアナウンスです。列車内を歩く乗務員のいでたちはスチュワーデスとソックリです。物品を売り歩くときには着替えをしてきます。JR九州の向上しようとする努力には敬服するしかありませんね。

9時30分に熊本駅に到着しレンタカーを借りて市内をカーナビを見て訪ね歩く。行く先々の私立高校はどの学校も素晴らしい建物で、しかも生徒も礼儀正しく、こんな学校もあるのだなと感心することしきりです。

学校側は校長先生や教頭先生が対応して下さいます。そして熊本県ではスキー修学旅行をどこの学校もやっていることを話していました。しかし、教育旅行としてスキーでの学習効果を評価しなおさないといけない時になっています、と云うような先生もいて、同行している白樺湖のホテルさんたちは驚いてしまったようです。

でも、私が『ほっとステイ』の紹介をして、学習効果事例をお話しすると、『これがいいです。これが組み合わされれば良いんですよ』と、気持ちよいほどのいい評価をしてくれます。有りがたいお話で、こちら側としてもつい力が入って、詳しい説明を繰り返してしまいました。(同行者の皆さん、時間を取ってしまってすみませんでした)

昼食は『水前寺公園』で取って、4時過ぎに予定を終了し、オープンしたてのホテルに入る。こんなに気持ちの良いホテルに泊まったのは初めて。地酒を飲んでぐっすりと休む。

2008年3月 4日

●九州博多にて

朝5時30分に家を出て、松本駅へ大高木さんに送ってもらう。今日から三日間、九州で学習旅行誘致推進協議会のエージェント商談会とキャラバン隊への参加です。

7時07分のしなのビュー2号の特急に乗り込み、来る途中の明科駅から乗り込んでいた青木の宮下さんと菅平の大久保さんと合流。名古屋9時着。名古屋から新幹線のぞみに乗り換え、九州の博多着13時。

13時30分からエージェント招待商談会が始まりました。県観光協会の恵崎常務理事の開会の挨拶から、各地の参加者の地域紹介。私は茅野市の白樺湖と車山のホテルの皆さんと一緒のグループです。地域の紹介とホテルの紹介、そして日帰り体験『ほっとステイ』を紹介して、皆さんが終わるのを待って、2時40分から各地のブースで商談会となる。

商談会に入って、他地区に先駆けて、真っ先に私のところにお客様がお見えになる。阪急交通社のお二人さんでした。『小林さん、こういうものを探していたのですよ』。嬉しいですね、泣けてきてしまいます。さらに観郷ウォークも詳しく紹介すると『これは参ったなあ、これは一番いいですね』と表現して頂く。

他のエージェントさんにも説明して見るが、概ね好評です。来た甲斐があったとほこの事ですね。誘客に繋がって欲しいです。

青木の宮下さん達も手応えがあったそうです。

夜は宿泊したホテルの1階で食事をしながら反省会。もっと売り込もうとなる。


2008年3月 1日

●信州大学感性工学科で

食後7時30分過ぎ、田圃に降ろしてあった剪定枝を、消防署に連絡を入れて、焚きあげに行く。9時10分までやっていてほとんど燃やしてしまったので、急いで自宅に戻る。大高木さんが待っていたが、メールを見ると横浜から、体験会に参加したいと女性から連絡が入っていたので、返信を出して9時30分家を出る。

10時に上田の信州大学繊維学部感性工学科の上条先生の所に伺う。先方は松本から工業センターの北沢さん、こちらは立科の吉澤さんと大高木さんの5人で、私たちの取り組みの延長上にある、癒され度の取り組みについて、今までの活動の考え方ややりから説明し、今後の協力を依頼する。

積み上げてある実績が証明するこれらの事実を、どう受け止め、どう生かすかを相談に上がったのですが、本当に驚いていた。活かし方は3通りありますねと云う事で、私たちの求めていることに協力と云うよりも、勉強させてくれと云うような言い方になってしまいました。次年度から積極的に取り組んで頂けることになりました。

12時過ぎに部屋を出て、外で吉澤さんの車に『ふるさと回帰予備校』の教本500部を移して別れ、私たちは学校を出て、大高木さんと昼食を取りに、有名な蕎麦屋さんに行ってみる。2年ほど前に建て替えられたこの蕎麦屋さんは、いつも繁盛していて、なかなか入れない状態のお店です。

蕎麦の盛りがいいことが有名で、大盛りなどとても普通の人では食べられる量ではありません。だから7割蕎麦だと言っても、人気があるのかもしれませんね。

でも残念なことが一つ。目標と書かれているので嘘を書いていると決めつける訳にはならないかも知れませんが、20ヘクタールの自家農園で70トンの収穫目標と、お店の紹介パンフに説明されていましたが、こんなに取れるわけは絶対ありえません。普通、蕎麦の反収は(1反歩=10アール当たり)80kgです。だから20ヘクタールでは16トンが目標数量なはずで、多くみても20トンでしょうね。玄蕎麦の使用量がどのくらい化は分りませんが、わざと間違えているような印象を感じました。もっと正直に書いてほしいですね。

1時30分、再び信州大学の構内へ。第6回長野県感性工学研究会に出席。『エコール・ド・まつしろ』の仕掛け人の石川さんの講演が有ったので、興味深くお聞きさせていただきました。どこでも苦労はしないと評価されるようなことにはならないですね。考え方は矢張り私たちと同じ。行動原理も同じ。頑張りましょう。

講演後、今年度の課題と次年度の計画。春には私たちのほっとステイや観郷ウォークを体験して、共に汗を流し、感性の共有化を図ることをしたいと、計画の中で予定を立てるそうです。

会議終了後、地方事務所商工課の庄村さんと帰り際に話す。地域資源活用支援事業の申請をしていったらどうですかと勧められる。良くお聞きして考えてみますと返事をする。5時30分、大学を出る。

家にたどり着く前に、朝やった剪定枝を焼却した田圃に寄ってみる。見事に燃え尽きて灰になっていたが、灰をひっくり返してみると、『おき=炭火』の火種がたくさん残っている。これが火事の元になってきたのですね。昔、「紙袋に入れた取り灰の残り火で火事になった」ことが何回も発生したのを思い出す。怖いですね。


2008年2月29日

●事務所で話が弾む

朝一番で武石地域自治センターに『ふるさと回帰予備校』の教本を届ける。そのあと商工会に同じ様に届け、教育事務所にも届ける。

教本を送り届けるリストを作成。各所に送る。どんな反響が寄せられるか楽しみです。

〔じゃむや:宮下〕さんが、毎日新聞への広告掲載について相談に来る。宮下さんだけで負担して広告を出すか考えてみたいとのこと。ただ広告は統一した名称を使った方が広告効果が上がるとの認識では一致。今後どうするか検討をしていくことになる。

信州大学感性工学科の上条先生と、今計画している桃源郷街道の評価判定について、明日の1時30分からの研究会に先立って、10時から信州大学の繊維学部の研究棟でお会いし、話をすることになる。工業試験場の北沢さんも同席して貰うことになる。こちらも吉澤さんと大高木さんが同席して話し合います。

3月4日に県観光協会主催の九州での商談会が行われるが、その足で5・6日に訪れる熊本の県立高校が入試で訪問できないことが判って大慌て。青木の宮下さんたちは大分県に訪問先を変更することになったが、私たちだけは熊本の私立高校へ行くことになり、複雑な心境です。

〔ぶどうや:鈴木』さんが、寒晒し作業の件で、午後一番で打ち合わせに立ち寄る。広告方法や法人化、農作業、農法、品種の話が弾み、長引いてしまい3時を回って帰る。冬だから暇だそうです。

奈良の横井先生より内閣府の行う予定の事業の資料が送られてくる。読んでみると私たちが目指している方向に合致しているのですが、申請して採択してもらうには大変な仕事になると思う。
良く考えてみないといけないです。

依田窪南部中学校の依田教頭先生と来年度の授業で、協力してやることができないか検討していますと呼びかけられる。是非やりましょうと返答する。

2008年2月22日

●木曾・王滝村の「信州おんたけ村」総会

朝一番で精米所に行き、寒晒しして精米に出していたお米が仕上がったので、精白にしたお米と玄米の両方を貰ってくる。事務所で大高木さんと、このお米の成分分析をして貰うことについて話し合い。大高木さんには長野市の食品工業試験場で、分析してもらうように持参して貰うことにする。

9時30分、忘れ物を取りに帰って、それを持って、私達と活動を共にしている木曽郡王滝村の「信州おんたけ村」の総会に向けて出発。行く道中は一本道で追い越し禁止なので、ゆっくり走っている車があると、とても思い通りに到着しないのです。

途中昼食を取って、1時20分にギリギリ到着。王滝村村長も出席して頂いて1時30分に始まる。むらおさ挨拶、来賓紹介、規約説明、理事紹介、19年度事業報告、20年度事業計画(案)、
その他の議事を無事終えて、2時10分。

引き続き、ほっとステイの受け入れ家庭を対象にした私の講演。予定1時間で50分間を一方的話し、残りを質疑応答としたら次々と質問がなされ、終わったら3時30分でした。質問者からは『小林さんの話に感激しました』などと云う言葉も頂き、本当に皆さんのやる気が伝わってくる総会でした。

おんたけ村のメンバー、胡桃沢さんと下出さんのお二人とコーヒーを飲んだ後、4時から王滝村村長の瀬戸さんと役場でお会いし、県から派遣された増田さんが同席の上、お話しをする。

『ほっとステイ』の仕組みや目指すことは大変評価してくれたが、取り組む姿勢やサービスの提供の仕方に対して理解ができないようで、『私は(自分の理解が)遅れているのかな』の言葉を何回も発する。村長や行政の立場の人が、今までのようでは駄目だと思っているとは思うのですが、そこから先が進まないようです。

行政が一身に村の活性化の課題を背負うことはしなくても、できる人、できる人たちに担ってもらっても良いと思うのですが、そう考えられないようで困ったものです。これが理解できたとしても、次はその活動から得られる対価に納得いかないようで、『儲け仕事が目的だから、邪だ』と云うのです。

活性化活動の目指すところは最終的には、活動を行うことによって利益を得て、そこで住み続けていかれることではないでしょうか。利益を得て暮す事が出来なければ、住民は行政が求めていると思われる活性化活動を続けることによって、擦り切れてしまいます。行政として住民が擦りきれないように財政負担をし続けられては行かれないでしょう。

究極の活性化活動は、自活できることです。いつものことですが、自活できる計画で活性化活動に取り組めば、思わぬところに障害があるとまたも感じさせられました。

5時45分、役場を出て、外で真田の余頃さんと20分電話し、帰路に着く。運転しっぱなしで9時少し前に我が家に無事到着。

大高木さんに頼んでやってもらう予定にしていたお米の分析は、依頼しようとしていた先が、その分析はできませんとのことで、断念していてくれた。どこで私たちの目的を達してくれるところがあるのだろうか?

2008年2月20日

●寒晒し純米酒、the幸村

8時過ぎに信州銘醸の滝沢さんから、寒晒し純米酒『the幸村』を仕込むため、原料のお米を持って来て欲しいと連絡が入り、鈴木さんに仕上がり具合を確認。取り込みの手伝いに9時過ぎに3人で行くことにする。

9時、一昨日、火事になった家に隣組からのお見舞いを持って伺う。私が班長を仰せつかっているので、代表で伺ったのですが留守でした。帰り際に燃えた家の中をふと見ると、『煙り』が上がり始めているのを見て、慌てて親類jの人に伝え、バケツに水を運び消す。燃え残りが再び燻り出したのでした。怖いですね、畳から火が出ていました。

水曜日なので精米所が仕事をやっているので、寒晒し純米酒の原料を精米所に持ち込む。玄ソバにも手を入れてお昼5分前。帰りに精米具合を確かめるべく精米所に寄って、作業してくれている深宮さんに話を聞いてみると、『昨年の状態とは雲泥の違いで、とても良いものですよ。昨年飲んだ酒も旨かったが、今年は更に旨いものになるじゃーねーかい』と嬉しいお言葉。

寒晒し純米酒『the幸村』は、今年は昨年の反省を踏まえて、更なる対応をして寒晒し作業を行ってきたので、この評価がこのお酒の品質の新たなる飛躍につながることを願っています。皆さん楽しみにしてください。

12時過ぎ、長和の柳沢君と昨日の実務者会議の件で電話で話す。ありのままという言葉を本当に理解しないとやっていかれなくなってしまうよとアドバイスを送る。

1時前に、蜂蜜に水飴が入っているのではと、疑問を呈した先の販売したお店の総括マネージャーが担当者としてやってきた。危機管理が全くできていないのではと伝えると、髪の毛やビニールが混じっていれば製造者に商品を返して、それがどうして混ざったのか調べさせるが、今回のような『国産はちみつ』の内容物が違うのではといわれる対応はマニュアルにないので、対応を誤ってしまったと平謝り。日本食品分析センターへ分析依頼をして、農水省にもJS法の食品表示の誤りはないのか確かめますと言って帰る。頼みますよ。

3時過ぎに、午前中取り込んでおいた寒晒し純米酒『the幸村』の原料の残りを軽トラに積み込んで精米所に運ぶ。

真田の山崎さんと昨日の話の続き。受け入れ家庭を訪問して参加してもらう活動をしっかりとやりますと返事をもらう。

5時過ぎ、信州銘醸さんへ寒晒し純米酒「THE幸村」の原料を運んで行く。滝沢さんが立ち会ってくれ、昨年は驚いたが今年は全然違いますのと言ってくれた。

2008年2月19日

●本当に火事は怖い

昨日、火事で燃えてしまった『上のうち』の惨状を見る。母屋の東と西の両サイドが残っただけで、中央部は棟木まで吠え落ちてしまっている。よく何もかも灰になってしまったと云われますが、火事は黒焦げになった醜い姿が目に付くだけで嫌になります。片付けをするにしても大変です。

同級生の彼にお見舞いの挨拶をする。いつも住まわれているおばさんは、病気で手術を受けて入院中だったので、不幸中の幸いになっているのかも知れません。班の伍長をやっている私のところに、『班は違うが傍なので、隣組で家事のお見舞いに伺わなければ』と、近所の長老がやってくる。隣組の意見調整をして、お見舞いを差し上げることになり、私の家に届けてもらうことになる。

私の家に、近火見舞いにやってきてくれる人がたくさん。ご迷惑を掛けます、ありがとうございます。

13時、第23回桃源郷街道推進会議の会議に長和町に出かける。各地5支部の皆さんがやってきてくれ、全員揃うまでに商談会用で配る全地域を挟み込んだクリアーファイルを120部を作る。

その後、ほっとステイの報告やその質問に時間を費やす。まだまだ私を含めて未熟な部分を持っていますので、しっかり取り組まないと駄目になってしまいますので、責任者をはっきり決めて、各事項に取り組んでいきましょうと励ます。

中国のほっとステイ受け入れはどの受け入れ地も良かったと評価していました。


2008年2月18日

●東京へ、そして隣家の全焼

今朝は寒い。氷点下11度だった。久しぶりの寒さは身にしみます。

8時30分、家を出て上田駅へ。9時34分の新幹線に乗り込む予定で列車を待っていると、直前に妻から電話が入る。

『上のうちが火事で、全焼になってしまうよ』。『えっ、本当かよ。おばさんは入院していて留守だろう。どうしたんだ』。『息子さんが昨日帰って来ていて、帰ったようだよ』。『ふーん。ところで我が家は大丈夫かよ』。『風向きが西向きなのでこっちは大丈夫。消防が入り易くなるように、庭に停めてある軽バンを移動させて、入って貰うようにしてあるからね』。『そうか、それは良い対応だ。ほかの家にはどうだ』。『前のうちは大丈夫、上のうちの前の家はガラスが割れて大変みたい。家財も運び出したよ』。『そうか、気をつけとくれ。お手伝い(家事の炊き出し)もしっかりしてくれよな』。『ええ、大丈夫』。『いろいろお願いな、電車が来るからな。行ってくるよ』。

11時20分に近ツー東京本社での公立中学校商品説明会に伺う。35人の社員が待ち構えていてくれ、各地区のパンフを配りほっとステイと観郷ウォークの説明を行う。会議責任者の松井課長が言葉を補ってくれて、大変良い評価をしてくれていてありがたかったです。

昼食後、日本農業新聞の宗和さんを訪ね、ほっとステイ受け入れアルバムをお渡しする。チェックシートを見て『私がやってみます』とのこと。結果が楽しみです。

2時20分、再び近ツーの高校対象の会議の席上で説明をさせてもらう。これからが楽しみです。

3時過ぎに農協観光さんのグリーンツーリズム課へ顔出し。アルバムをお渡しし、誘客の資料として活用して下さいと差し出すと、『これは良いですね。さっそく今話しを進めている学校様にもっていきますよ。使えますよ、これは』。ありがたい評価、狙っていた通りに役立ちそうです。

信州銘醸の滝沢さんから、火事近火見舞いの電話が入る。驚いていた。寒晒し純米酒の仕込みについて、量をどのくらい仕込むか明日中に決めてほしいといわれる。原料の用意はできているので早速決めますと返事をする。中川大工さんからも心配してくれた電話が入っていた。心配していただきありがとうございます。

4時にイオンさんから電話が入る。『今日の会議が長引きそうで7時から8時になってしまいそうなのでどうしましょうか』とのこと。皆と相談し、今日のお話はしないことにしようと電話を入れ、断念を伝えると、担当の環境貢献の担当者には内容を伝えてあり、都合をつけ合って会って下さいと言われ、再度連絡とって都合のよいときに伺うことにして帰路に就く。

7時に帰宅。隣家の火事の様子を見てみると、無残に崩れ落ちていた。お気の毒で、言葉の掛けようもないぐらい。本当に残念です。

2008年2月14日

●旅行エージェント廻り

朝4時に目が覚める。昨夜早寝をしたせいかな。

8時45分、名鉄の名古屋支店の朝礼に参加し、自分たちの商品を説明させてもらう。

10時に近ツーのインバウンドの担当者に、中国向けのほっとステイと観郷ウォークの説明をする。まだまだこの商品の価値が知れ渡っていないと実感。

1時に日本旅行の教育旅行で説明をさせてもらう。2時近くまで説明し、1Fで一般対象の説明を再び行い、他の班との集合場所のホテルへ戻る。

3時過ぎに信州へ向けてバスが発車、7時30分に武石に到着。

まだまだやることが一杯あると感じた二日間でした。

2008年2月13日

●名古屋での商談会

朝5時30分過ぎ、立科の吉澤さんが到着、雪が降ってツルツルの中を松本へ出発。7時7分のしなのビュー2号に乗り込み名古屋に向かう。

豊田市に10時30分に到着。JTBの豊田支店へ顔を出しKさんに面会を申し込むと一日中会議とのこと。トヨタ自動車の展示場へ行き、新たな商品提案の試作車を見る。どこまで進化していくのかな。でもハードだけでソフトが全然反映されていないと感じてしまったが皆さんはいかがですか。

昼食を済ませて1時30分、トヨタ自動車の早川さんにお会いし、私たちのほっとステイと観郷ウォークの説明をし、ぜひ信州の私たちの地を訪れる計画を立ててほしいと依頼する。計画をJTBか名鉄さんと練って、提案してもらえば検討しますとのお返事をいただく。

2時過ぎに辞して名古屋に向かい、商談会会場のホテルへ4時にたどりつく。4時30分から説明会の受付を始め、5時から説明会が始まり私も説明を受け持ち発表をする。

6時30分からは懇親会が行われ、80人を超す盛大なパーティーになりました。姪が勤務している近ツーの支店長からは『彼女の成績が大変良く、社長表彰ものだ』と褒められ、自分でもうれしくなってしまう。しばらくしてから姪が会場にやってきて驚いてしまい、どうしたのと聞くと顔を出しなさいと言われてきたそうで、粋な計らいだったのかな。

8時過ぎに懇親会は終了。吉澤さんとラーメンを食べて早寝をする。

2008年2月 6日

●別所温泉にて話し合う

県の観光協会川上さんへ明日の会議の資料を整えてメール。

10時過ぎ、別所温泉へ行き、上松屋の倉沢社長(別所温泉旅館組合長)と話す。終わり頃『じゃらん』の加賀屋さんが見え、同席で話しを行う。私たちの活動を聞いて驚いていた。是非取材させてくださいと申し込まれる。昼食を3人で頂き、帰宅。

2時に、真田の信州しあわせ村真田の斉藤さんが新しいパンフレットを作りたいと相談に見える。大高木さんも同席。今後の組織運営について意見交換を行う。

3時過ぎ、千曲氏の叔父さんが、依田窪病院へ入院しているおばさんの件で話しにやってくる。

作っているほっとステイアルバムの原稿を再点検。

7時30分、水野さんが教本の印刷見本を持ってくる。チェックをしながら今後の展開を話し合う。9時を廻ってしまう。

2008年1月28日

●長野県庁へ行く

今朝は氷点下12度。寒くて嫌になります。

7時に家を出て長野市へ。9時に県庁へ飛び込み,、農政部の熊谷係長と、『ふるさと回帰予備校』の教本への県庁農政部の推薦の言葉をいただきたいとお願いしていた件で、仕上がった原稿を手渡し、再度確認をお願いする。何とか30日にまで間に合わせて私たちにお渡ししますと言って頂き一安心。

次に観光部へ伺い、観光部で仁科係長や田舎くらし案内人の若林さんと『ふるさと回帰予備校』の推薦の件で説明をする。農政部と協調して行って貰えるらしいのでうれしい限りです。

10時30分、長野県・信州観光協会へ伺い、恵崎常務理事と30日に来ていただく中国深センの外国語中学校の受け入れ前の詳細打ち合わせをし、そのあと『ふるさと回帰予備校』の推薦状をいただきたいと再確認をさせてもらう。こちらも快諾を頂き、すぐに間に合わせますと返事をしていただく。

11時過ぎ、テレビ信州の本社へ伺い、平坂局長にお会いし、観郷ウォーク事業の件でお話をする。同席をお願いしますと云われて同席された方がなんと、神田企画局長だった。テレ信さんも気合が入っています。企画書を作成して私たちと相談し進めていきますと言って頂きました。12時に退社。

12時40分、上田の柳町の『おお西』で大阪の中本さんと福井の山崎さんにいお会いし食事を一緒にして、お互いの安否や仕事の先行きを語り合う。2時20分まで。

3時10分過ぎ、立科の新春経済講演会で、長野大学の三田先生の講演をお聞きする。群馬県川場村の道の駅を運営されてきた先生のお話は、当初から大きな箱ものを作らず、民家風の小さな建物を造り、田舎の風景を感じさせることで誘客に結び付けてきたというお話は示唆に富んでいた。

4時過ぎに講演が終わり、立科の吉澤さんと中国の受け入れや観郷ウォークの件で、女神湖の青井さんを交えて話し合い。

帰宅してから寒晒し施設で、蕎麦の展開を大高木さんや鈴木さん、女房の作業を確認しながら手を入れる。

夜7時に大高木さんがきて、明後日の中国中学生の受け入れ準備。歓迎のプラカードと対訳、バス運行表を作成する。10時に終わって自宅に引き揚げ。


2008年1月22日

●病院・病院、また病院

上田の現場に大工さんと内装屋さんが入り、仕事に取り掛かる。立ち会い。
上原自動車と住建、本屋によって、10時45分帰宅。

11時に依田窪病院へおばさんの介護の相談に行く。おばさんの自宅のある丸子へ介護リハビリの方3人とで行き、家の中を見て退院後の生活がどうできるか確認し、リハビリを進めたり、改造計画を話し合う。

戻ってレストランで昼飯を食べていたら、姫木平の牛山さん達と行き会い、同席して貰って話し合う。『ほっとステイ』や中国からの中学生受け入れについての報告やら、これからの協力体制について話し合う、2時25分切り上げる。

今度は大屋の病院へ行って入院中の叔父さんを見舞う。介護士さんも同席し、これからの対処の仕方を相談し帰宅。

再び、依田窪病院に入院しているおばさんのところへ行って、午前中の自宅調査の報告をする。『全部任せるから上手くやってくれ』と頼まれる。

帰宅してみると宅配便が届いていて、開けてみると『アクティブ報知』が入っていて、その紙面に大きく、昨年行われた『ほっとステイ』と『観郷ウォーク』が掲載されていた。取り上げていただいて本当にありがとうございます。

その後夜まで本の原稿書き。

2008年1月18日

●慌てた一日でした。

朝から本の原稿を書き上げて10時30分には長野県庁へ出かけて行こうと気合が入る。今日は県庁の農政部と観光部と観光協会の3か所を回り、本の推薦文を書いて頂き、それを本に乗せさせて欲しい依頼するつもりでした。

書いていると、急ぐ気持ちとは裏腹にパソコンに負荷が掛かって、唸ってしまってどうにもならない。大高木さんもチェックリストの項目を保存しないで添付に書き込んでいたので、私に送ってくれた原稿はまっ白白。どうにもならない。大至急やり直しますと電話が入る。私は重くなりすぎたので、原稿を三つに分けて、取り敢えず削除して印刷をする。そこへ大高木さんがやってきて11時30分に出かける。

上田のデザインルーム・エム・水野さんの事務所で、印刷の打ち合わせで、本の見本を見たり見積もりの話をしに行く途中、今日の県庁での主要議題が印刷されていないことに気が付き、武石の事務所にいる妻に電話、水野さんの事務所に送ってくれと頼み、行ってみるとついていない。操作してもそっちに行かないという返事。昼食を取って再度確認するが遅れないと云われ、武石へ戻り確認する羽目になってしまった。

武石で確認すると重くて送れない状態だった。送らずに再確認すると大事な部分が消去されていてなかった。私があせって午前中消去していたのでした。どうにもならない。

書類がないまま2時過ぎ長野県庁へ出発。途中でテレビ信州から電話が入り、観郷ウォークの件でスポンサーをつけて良いですかと云われ、了解しますと返事をする。進めてもらっています。

県庁へ3時40分に到着。それぞれに伺って推薦依頼の話をすると、『せいしゅん村さんのやることは面白いことを計画しますね。これは良いですね』と言われ、胸を撫で下ろす。観光協会で恵崎常務と中国からのほっとステイ受け入れ手配を話し合い。こちらも着々です。

上田市へ19時前に帰り着き、市内で開かれていた会合、『うえだまちづくり推進会議』に出席。出席してみたら余りにも不甲斐ない話で、懇親会に出席する気持ちにならず、家に帰ることにする。20時前帰宅し、パソコンに向かうが消去した原稿を書き直すのは大変。23時、」目が痛くなってやめてしまった。


2008年1月 7日

●市との話し、冬のほっとステイ

1月30日に中国の広州シンセンからやってくる深セン外国語学校の中学生191人の『ほっとステイ』受け入れをして貰う武石分の家庭を歩く。とりあえず3軒回って了承を貰う。ほっとステイも6年間も受け入れをしてきていますので、どの家庭も要領を心得ているので前向きにとらえてくれ、受け入れ側としても非常にやりやすくて助かります。

宮坂さん宅ではお正月の残りものだと言われてお茶を頂く。山ウドの煮物、ゼンマイの煮物、大根の酢漬け、花豆の煮豆、キノコとニンジンの煮物。これが田舎ですね。御馳走様でした。

午後1時30分に市役所の中澤商工部長や課長等と上田城観光会館横の空き店舗の売却の件で話し合い。市側が取得したいとの方向で所有権者と話し合いを持つことになった。

「日本観郷ウォーク協会」の立ち上げについて、上田市の積極的参加を依頼し昨年末には市長と話をして協力を約束してもらったが、設立総会を計画したいのでさらに副市長と話をする機会を作ってほしいとお願いする。重要案件が山積しているが時間を作ってもらえることになった。

主目的の用件を済ませ、これからの観光行政へのかかわり方の話が出て、国際観光に於ける『ほっとステイ』の担える役割で、教育委員会と連携をして、学校訪問での学校間交流の受け入れを大いにやりますと、県へ提案していきましょうと提言。

さらに当地の上田市をアピールする為に、『上だ人宣言』なるものをしたらどうですかと、「おもてなし」を含めて市民意識の高揚を図り、経済活動や活性化活動に反映させて、来訪者の評価に繋がる地域を目指す方向宣言の展開すれば、結果がついてくるのではないですかねとも提案。面白いですねと返答される。

今週の11日(金)に、冬では初めて「ほっとステイ」の受け入れをします。過去6年間では春や夏秋は受け入れしたことはありますが、今回まではなかったことです。家庭もお雑煮を一緒に作って食べようと楽しみにしています。

このあと1月30日と、2月11・12日の両日、中国の子供たちの「ほっとステイ」があります。いずれも自然体での受け入れですが、来訪者の評価は高いようで今後が楽しみです。