2008年4月 2日

●下見のシーズンイン

8時45分、上田の地方事務所企画課の飯島さんのところに書類を提出。もう一回直して行かなければならなくなった。原因は渡された原稿に記載されていない事項を求められてしまった為。原稿通りに作って行っていけないと云われてしまえばどうにもならない。

9時20分信州銘醸さんへ立ち寄り、今度の11日から行われる上田城千本桜祭りの打ち合わせ。駐車許可証を戴き、当日の動きの確認と売り上げと取り扱い方について説明を受ける。何も心配はない体制で張り切って売り出しに参加できます。

11時30分、工学院大学付属高校の6人の先生方がほっとステイの下見に見える。最初に村内をご案内。エージェントの伊藤さんから『どこか、受け入れ家庭に立ち寄らせて戴けないですか』と急に云われ、その場で上原さん宅をご案内。

上原さん宅では、以前同じ学校の生徒を受け入れ、その際に受け入れを迷った経過を話し始め、内心どうなるかと心配になったが、新聞の投稿には受け容れて良かったとなっていたので、様子を見守る。

失礼な手紙を戴き厭になったが、受け容れてみたらどうしてこうなったかが理解でき、生徒さん達も反省したと後で礼状を戴いたので良かったですと。1時過ぎにお帰りになる。

ほっとステイの下見が多くなり始めました。今日は2校、明日は1校、明後日は1校、忙しくなりますね。

真壁さんのところへthe幸村を届ける。寒晒し作業の立役者ですから配るのが遅すぎたぐらいで『申し訳御座いませんでした』と声を掛けると『いいだよ、届けて貰うんだから。なおゴメンね』。居合わせた坂本夫妻と一緒にお茶をいただいて帰る。

5時過ぎ茅野市蓼科のアートヒルズホテルの谷本さんが見える。少し遅れて白樺湖ホテル景陽の村松さんが見える。今作り始めているパンフにホテル名を掲載して欲しいとお願いされる。今回は間に合わないが、次回発行するときに実績をみて判断しますと答える。仕方ありませんね。


2008年3月31日

●県の完了検査を受け、合格

9時に上田の地方事務所に伺い、長野県元気づくり支援金で進めてきた『ふるさと回帰予備校の構築事業』の精算書と証拠書類の領収書を持参して、坪井さんに完了検査を受ける。1時間掛かってみて頂き無事検査が通った。

私が審査を受けている最中に『いき生耀ながわ』の三人が15分前にやってきた。今日は私達の関係者が他にも午後には真田や青木が審査を受けます。皆さんしっかりとやってきてくれてるので大丈夫だと思いますが少しは心配があります。

帰宅して冬バージョンのパンフの原稿を大高木さんと最終的にチェック。言葉をそのまま使っていかないと従来型の商品と変わらない印象を受けてしまうので、今までの計画で行くことにする。

パンフは表側が仕上がったのでマップ面の情報収集をして、仕上げをしていきます。宿泊情報や体験施設情報、食事情報等を、掲載する予定です。

私たちが新しいパンフを作成する際には、必ず今までとは違う風が吹いてきますね。前例に無い形で取り組みますので、どうしてもそうなってしまいます。掲載するだけでお客様が来て貰えるように考えてしまうようで困ります。ひとつの商品を扱う中で、同じ気持ちで取り組みをしていかないと、それこそ邪な人と仕事をやるようになり、これではうまくいくわけがございません。茅野市観光連盟、女神湖ペンション、白樺湖ホテル、姫木平ペンション。うまく組めるといいですね。

夕方デザインスタジオエムの水野さんが原稿を仕上げて持って来てくれ、マップの仕上げを打ち合わせを行う。

2008年3月30日

●ふるさと回帰予備校構築事業の精算

学習旅行の冬バージョンの原稿を仕上げないと間に合わないので、一日中原稿を作る。

11時過ぎに中川大工さんが北原さんと高橋酒屋さんと一緒にやってきた。回帰予備校の看板の手直しが仕上がったので持って来てくれたのです。お酒THE幸村を3本差し上げる。

明日の朝9時に地方事務所でふるさと回帰予備校の構築事業の審査を受けるので、資料の見直しをする。領収書を引っ張り出してこれも再確認。間違いはないと思うのですがどうなるか心配です。

2008年3月24日

●新たなルートマップを計画します

7時30分、丸子の宮坂表具屋さん宅に出向き、大屋の酒井さん宅へ唐紙張替の建具を受け取りに行く。今日は今日の分10本を持ち帰り作業をして夕方持って来て建て込み、明日の分13本を外して持ち帰り、明日中には持って来て唐紙を入れて行くようになります。計画どおりに事が運んでくれればいいですね。

10時30分、上田のデザインスタジオエムの水野社長がやってくる。昨日相談をしておいた新たに作るルートマップの原稿となるマップを持って来てくれたのです。今回の計画は冬の学習旅行が目的のパンフになります。修学旅行として冬に長野県を訪れて頂けるお客様は最盛期の40%しかないのが現状で、これを復活させようと県を挙げて取り組んでいるのですが、なかなか対応の難しい事案になっています。

私たちは学習目的の旅行はどうあるべきかから提案していこうと思っていますが、果たして旅行エージェントや学校の先さまが理解してもらえるのか心配なのですが、提案していかないと打開は出来ていかないので、してみるしかないと腹を決めています。

水野さんと話しを始めたところへ大高木さんが、寒晒し蕎麦の玄蕎麦を鈴木さんから受け取ってきて事務所へ持って来てくれたので、降ろしたあと話に加わって貰う。私達の農村体験のほっとステイや観郷ウォーク・スキー場・宿泊施設・体験施設・食事処・より解り易いルートマップ・アクセスを掲載する計画を話し合う。良いものが出来上がりそうで楽しみ?苦しみですかね。12時にお帰りになる。

JTB関連の雑誌の記者から『ふるさと回帰予備校』を取り上げたいと打診が来る。お願いしますと返答しました。ありがとうございます。こちら側の資料を送る。

2時老健施設『いこい』へ行って、丸子の叔母さん宅の改修工事の申請書作成について担当の方と話し合う。玄関の受付に着いたら千曲市の伯母さん夫婦が丁度受付を済ませてロビーに入ったところで挨拶を交わし、私たちは担当者の方と話し合いを始める。そこへ入所中の伯母さんがやってきて話しに加わり、叔母さん夫婦も加わり話す。済ませて部屋に戻ってお茶を飲み始めたら、今度は長瀬の叔母さん家族3人がお見舞いにやってくる。総勢8人でお茶のみとなり、懐かしさからか長瀬の叔母さんが涙を見せてしまう。

4時30分過ぎに帰宅。マップの件でメンバーの皆さんと話し、一様に賛意を示してくれました。これからの計画にも作業を分担していただけることになって大助かりです。27日の夜8時に車山のホテルで旅行会社の勉強会に参加できることになる。ありがとうございます。

2008年3月23日

●雷電くるみの里イベント、桂小金治師匠の講演

昨年、下の畑で栽培したモチキビの殻を軽トラに積み込んで裏の畑に運ぶ。10時には東御市に出かけなくてはいけないので忙しいです。慌てた為に縛ってある紐が切れて、弾みで吊り下げていた手が上にあがって自分の顔を殴ってしまった。情けない話ですが上唇の上が赤く変色してしまいました。気をつけましょうね。

10時東御市の雷電くるみの里で、長野県の観光部主催の道の駅イベントに桃源郷街道として、街道マップとふるさと回帰予備校教本やほっとステイのパンフを配布する役を賜り真田の斎藤さんと参加。県職員は江戸時代の仮装をして参加。真田の赤備えの鎧を着て農政課の紅一点・羽生田さんも居た。1時30分、強風によりパンフ類が舞い上がってしまうので中止となる。

駅長の唐沢さんに『the幸村』の販売をして欲しいと依頼すると、担当の人を寄こしてくれと返事を頂く。すぐに信州銘醸の滝沢さんに連絡。明後日に来てくれることになる。

2時丸子セレスホールでの桂小金治師匠の講演を聞きに行く。ホクト株式会社上田きのこセンター落成記念で開催されたもので、講演内容は私達の活動していることを説明や紹介してくれているような錯覚を覚えてしまう様なお話しで、実行部隊が私たちだなと思ってしまう。良いお話でした。ホクトさんは入場券売上金に足して100万円を上田社会福祉協議会に贈呈してくれた。

4時過ぎ帰宅し、受信メールを読んで下記のメールを出す。
大久保様・皆様

大久保さん、先日はご苦労様でした。そのあとの℡で嬉しいことを云ってくれましたね。私達の活動を、本当にそう捉えて貰うと有り難いことです。
これから進めることは皆の力で、特にフットワーク良く、考え方を纏め、しかも公表して行くことだと思います。そして、それに基づいて行動に移すことです。
その為にも、先を読み流れを読み解き、時代の最新武器を、器用に・当たり前に、扱える人がいないと戦いに負けてしまいます。

昔の出来事・戦を振り返れば良く解りますね。

あの戦国一と謳われた武田騎馬軍団が何故破れたか。あの不沈鑑の戦艦大和が何故沈んだか。あのローマ帝国が何故破局していったのか。あの人類史上最大面積を誇るモンゴル帝国が何故世界一になったか。

破れたところは、決して見誤った情報だけで対処していたのでは無いはずです。相手を侮って、どういう風に相手が武装して行動しているのか、知らなすぎただけ。言い換えれば勝つ秘訣は、相手よりも先んじて、どう行動するかですね。
旧弊にこだわり、拘束されればどうしようも有りません。解った人が力を結集し、行動に移し、勝者となりましょう。皆様、考え方で・結集力で結びつきましょう。

『集団で理論武装して行動する』ことを共有できないと、掛け声だけで、何も成果が求められなくなり、旧態の机上論をするだけです。『時代の最新武器を、器用に・当たり前に、扱える人がいないと戦いに負けてしまいます』と書きましたが、理解できる人のご協力をお願いします。

宜しくお願い致します。

夕食は急にお袋さんの退院祝いをやることになって、弟夫婦と家族で望月のレストランへ行って食事会をする。お見舞いにしっかり顔を出せなかったのでと言って、お代は弟夫婦が負担してくれた、サンキュー。

2008年3月22日

●春種を購入、屋根張り、剪定枝片付け

9時、春野菜の種類を買いに上田の種苗屋さんへ行く。百姓が苗を買っていたら高くついてやっていられませんね。本当は種も自分で種取りしないと駄目ですが、そうにならないものもあります。ジャガイモのシンシア、インカのめざめ、レッドアンデス、十勝コガネ、カボチャ2種類、トマト2種類、赤カブを購入。取り寄せも頼んでくる。

ご主人に『この間の教本を人様に差し上げても良いですか』と尋ねられる。ふるさと回帰予備校の教本が出来上がった時に2冊差し上げてあったのですが、詳しくお聞きしたら「東京上田会」の人たちに差し上げたいとのこと。丁度持っていたので、どうぞと言って10冊を差し上げる。役に立ってくれれば良いですね。

9時45分、信州銘醸さんへ寄って、『the幸村』を1本頂いてくる。明日の東御市の『道の駅・雷電の里』で長野県主催のイベントがあり、そこでお店側に試飲してもらうつもりです。イベントではマップと教本を配ります。

帰宅してお茶を飲んだ後、ジャガイモを寒に合わせて芽を緑化催芽させる為に展開。そして、昨日、大風が吹いて、我が家の裏の畑に立ててある小屋の屋根が飛んで、舞い落ちてしまったので、お昼すぎの12時30分まで掛かって屋根張り直し工事。頼れるのは女房だけ、感謝感謝で雨霰です。

午後は果樹園で選定枝の片付け。先日もやってあるのですが、夕方まで掛かって、軽トラに2台、満載で運ぶ。今日やってもう少し。早く病害虫防除に最低限の、硫黄合剤を散布しないと手遅れになってしまうので、気が気ではないです。


2008年3月21日

●県庁へ

9時に出て丸子の信州銘醸さんで、今日使う『the幸村』の試飲酒を手に入れ長野市へ。

11時に食品工業研究センターへ。食品バイオの担当部長と寒晒し純米酒『the幸村』の事について、成分分析やアドバイスを頂きたいと相談に伺う。話しの中で、何回も何回も試飲して貰ったので、『どうですか、このお酒は』とお聞きすると、『どう表現するかですね。この種のお酒を。小林さんならどうしますか。キャッチコピーをどう作りますかねー』と水を向けられる。禅問答みたいですね。そして『成分を言っても駄目ですね。うまい表現はないかなー』

『同じようなお酒は寒晒ししなくても作れますか』とお聞きすると、『数値的には出来るかも知れませんが、雑味は有りますね。寒晒ししたから雑味は出ないのでしょうね』。物静かに語っていただきました。

寒晒しの事が書かれているラベルの最後の部分をしきりに覗き込んでいたので、私が『特許申請中と書いてありますが、どうですかね』とお尋ねすると、『お酒で出してあるのですか』。私は『アルコール飲料で、すべてで出してありますよ』と返事すると、『へーそうですか』。

私はさらに『ところで寒晒しでの特許はどうですか』とおたずねすると、『聞いたことがありませんね』とのこと。期待が膨らみますね。12時30分辞して県庁へ。

1時、県庁のホールで、立科の吉澤さん、真田の山崎さんと大久保さんと待ち合わせして、信州長野県観光協会の恵崎常務と竹内部長とお会いする。

先だっての九州学習旅行誘致推進で得た情報をお話し、『その対策を進めるために、こうしてみんなで伺ったのです』と話し合いに入る。こちらで考えている方法をお話しすると、『県全体は学習協議会で作ればいいですね。地域版はみなさんをお手本にして、作りたい地域が作ればいいですね』と驚きの踏み込んだ返答を頂く。これからの行動に協力を頂けることをなった。

用件が済んだら、台湾から農村体験に、60歳代の人が10~15人ぐらいで10日間の予定で来るので、受け入れをして欲しいと頼まれ、真田で対応しましょうとなる。

2時に観光部観光振興課の仁科係長に、私たちがやろうとする九州を含めた観光の取り組みへの協力をお願いしに伺い、お話しすると快諾を頂く。吉澤さんからの問いかけにも本音で答えてくれて、最後には『皆さんのことは、県下81市町村と同じように受け止めています。皆さんは82番目の村ですね』と言っていただく。とても有り難いお話しをしてもらってしまった。上手ですね、その気にさせるのは(ゴメン、ひねくれ過ぎかな)。

2時45分、農政部農業政策課の小林課長とお会いしをお渡しし、今年の出来は昨年よりさらに上質になっていますよと言葉を添え、『武石に寒晒しの視察にお越し下さい』とお勧めする。予定をしてみる検討をしていただけることになった。

県庁を離れ、4時に丸子の信州銘醸へ行き、、『the幸村』の瓶詰めの立ち会いと試飲会。大高木さんが飯田さん、鈴木さん、宮崎さん夫婦の4人を車でのせてきてくれていた。作業工場内で作業風景を見せて貰い試飲をさせて貰う。皆さんこれはおいしい、これは美味しいを連発していた。良かった、今年もいいぞ。

その後、中川大工さんの所で『ふるさと回帰予備校』の看板を頂いて、そして改修予定の伯母さん宅を見ていただく。サンルームを作ることになっていたのでサッシ屋さんにも来てもらい、立ち会い。

5時30分、事務所で大高木さんと、このところの活動をふりかえっての反省と評価を語り合う。

2008年3月18日

●元気作り支援金の報告書

上田市の千本桜まつりでイベント広場に出店しようと、色々な所に手続きしてきたのですが、先方とうまく歯車が噛み合わず困ってしまっていたら、今朝、信州銘醸の滝沢さんから良い形の話が示され、その提案に乗ることにする。

千本桜祭りの中で酒販組合が出店するので、そこへ参加して『the幸村』を売りませんかとのことでした。でも出店するには条件が有るのですが良いですかねと、(1つ)11日から19日まで毎日一人は出て貰いたい、(2つ)寒晒しの説明をして欲しい、(3つ)働いた賃金は出しません、でした。もちろん全く障害にはならないので、いやなお押しかけてでもやらなくてはいけないことなので気持ちよく了解しました。

長野県の事業で支援採択を受けて事業を行っていた「地域発 元気作り支援金」の完了報告書を朝から作成。ふるさと回帰予備校の教本作りや体験会の開催等を支援金で行ってきたのですが、今月中に完了しなければならないので忙しいです。3月に入り色々な仕事続きで出来なくって、地方事務所の担当者・戸田さんに迷惑を掛けてしまいました。午前中掛かって仕上げメールする。遅れてしまってゴメンナサイ。

大高木さんと信州大学感性工学科へ依頼している『農村セラピー・癒され度』の件について話し、資料を作成しておかないといけないなと云うことで、大高木さんにまとめて貰うことにする。

2時過ぎ、「うつくしの国」の宮崎さんご夫妻と郵便局で行き会ったので『お茶を飲みにお立ち寄りください』と女房が云ってきたと言いながら帰ってきた。しばらくしてご夫妻がお見えになる。宮崎さんには「ふるさと回帰予備校』の教本の裏表紙部分に、以前撮影した畑仕事の写真を使わせ貰っていたので、お礼に伺わなければならなかったのですが、行きそびれていたのでした。

教本やマップを見て『大変な仕事をよくやりましたね』と感心してくれ、喜んでくれました。ご夫妻ともにお酒が好きなので、『the幸村』が21日に瓶詰されるので、試飲会にお誘いしたところ、同じように喜んでくれた。

4時過ぎ、真壁さんと丸子の伯母さん宅の改修工事を見積もるために現地を見に行く。廊下の電球を取り換えようとして確認したら、普通では使っていない形のもので、近くのお店で買ってみたら400円もして驚いてしまう。

大屋の酒井さん宅へ唐紙の張り替えの打ち合わせに行く。家族の皆様お元気で、なによりでしたが、時間がたつのは早いもので、あのヒロチャンが中学生になっていて眼鏡を掛けていた。

2008年3月17日

●王滝・中国、そして上田城千本桜まつり

朝方、王滝の体験会をの結果を大高木さんが伝えにやって来た。まだまだ受け入れ組織の代表者を始め皆さん方の「顔が見えない」ことを憂慮していた。先方に伝えてきましたかと尋ねると『云っては来なかったです』。改めて私の方から伝えておくことにする。

地方事務所から道の駅のイベント参加を求められ、参加することをメンバーに伝える。教本とマップを配るようになり、桃太郎旗を立てても良いそうなのでうれしいですね。

中国深センから夏に「ほっとステイ』にやって来る学生さんの体験として、鹿教湯(カケユ)温泉での病院見学や施設見学を観光協会の恵崎常務理事に伝え、『先方にあたって欲しい』と依頼される。長和町の「和紙の里」の紙すき体験や「黒曜石ミュージアム」の加工体験はそのまま中国側に伝えますと言っていただく。見学の件を鹿教湯温泉の旅館組合長に伝え、段取りをしてみて貰い返事を下さいと伝えておく。

信州銘醸の滝沢さんから上田城千本祭りの出店に関して、私たちで手配していたことが上手くいかないと連絡を受ける。酒販を簡単に考えていたつけが払わされたようなことになってしまう。皆さんに迷惑を掛けてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいです。でも自惚れていたわけではなかったはずですが、思い込みが強ければこうなってしまいますね。反省、反省です。思いどおりにいかないのはお天道様が『おまえ、まだ早いよ』と微笑まなかったのだと諦めるしかありません。

老健施設に入所中の伯母さんのところへお見舞いをしながら、住宅改良をどこまでやるのかを確認させてもらう。千曲市の叔母さん夫婦も来ていて一緒に相談に乗って貰い、段差を取り除く仕事を優先して行うことになる。早く家に帰りたがっていて、気の毒なぐらいです。もう少し(4月一杯)待って下さいね。

2008年3月15日

●原村・農業実践大学校に学ぶ

9時30分過ぎ、久し振りに岡谷の友人宅へ用事兼遊びに行く。用事を済ませて『どこかに行こう』となって、後学のために(学習旅行の受入を行っているので、沢山の受入をやっている地域を見たい)原村の『八ヶ岳農業実践大学校』に行くことにする。

諏訪市・茅野市を通って原村に向かう。此処の地、八ヶ岳の裾野に広がる風景は、私達東信(東信州)とは全く違う風景です。まるで同じ長野県でも別世界に来たようで、北海道で昔、接したことがあるかなと思いだしてしまう。

なだらかな傾斜で、畑が大きく広がって続いていて、所々に林が見え、固まっている集落の向こうには、遠く離れて低い山が連なっている。田圃はと言えば、畑の間の低地にかろうじて見て取れるぐらいだから、よく見ないと判らない。水には苦労したことが想像できます。兎に角、開放感のある広大な大地になっている風景は、長野県でも此処だけでしょうね。

11時に原村の八ヶ岳農業実践大学校へ到着。この大学校には農業という仕事に就きたい人がたくさん居て、高卒・大卒・Iターン・定年帰農と有りとあらゆるケースの人が農業を目指して、農業実習しながら学び、働いています。そして地域特性を活かした酪農・養鶏etcが有りますが、ただ単なる飼育だけでなく、加工も学べます。色々な事が学べていいですね。

冬なので各施設は閉鎖されていて自由には見えませんでしたが、直売所がただ一箇所開いていました。ここには大学校で生み出される野菜から始まりミルクやチーズ、パンやお菓子類まで所狭しと並んでいて、冬以外の時期の盛況さが偲ばれる品揃いです。

喉が渇いていたのでアイスクリームを買い求め頂きましたが、最高。良いですよ。ハチミツも農場の直ぐ下で飼育されていますとのことで買い求めました。先日のハチミツとは大違い。こんなに違いがあるのに、先日の品もハチミツで通るのですから厭になりますね。

その後、原村のお隣、富士見町の蕎麦の活性化施設『おっこと亭』で昼食に蕎麦を食べる。結構な数のお客様がいて驚きます。車のナンバーを見ると、首都圏からも来ていることが判ります。中央道の脇にある立地条件の良さが、武石と違って羨ましい限りですね。蕎麦は美味しかったですが、「揚げ蕎麦掻き」も美味しかったです。

折角此処まで来たので、山梨まで足を伸ばしてみようと、山梨県境まで行ってみることにして、道の駅『蔦木(ツタキ)宿』でお茶を飲み、いざ山梨県へ。

急カーブの下り勾配の国道を下って山梨方面にいくと、県境の橋に辿り着く。『この橋が県境だ』と懐かしさが甦ります。長野県と山梨県の境の、標高差と隔てている川。高速道路が無かった時代、この道を通っていた頃の事が鮮明に思い出されます。東京へ行くときも帰るときも、此処を通過するたびに風景が変わり、違いに驚かされていた38年前頃から5年間ぐらいかな。

王滝村に行って体験会に参加していた大高木さんから無事に終了して、お見送りをしましたと連絡が入った。ご苦労様でした。上手く行ったようです。

最後は、茅野市の『尖石遺跡』に立ち寄る。国宝の『縄文のビーナス』が出土した事で有名ですが、ご存知ですか。縄文時代や弥生時代といわれた日本人の先祖の暮らしぶりに、現代人が見習う事が沢山ありますが、『現在の生活価値観では難しい』となるのでしょうが、これからの人間の暮らしには避けて通れない事に気が付かせて呉れますが、如何でしょうか。行ってみて下さい。

2008年3月13日

●真田・青木の体験会。the幸村分析結果

しばらく事務処理をやってなかったので行う。横関さんが9時25分過ぎ、奥さんとやってくる。お茶を飲みながら、the幸村に関してのこれからの進め方について話し合う。

先日、信州銘醸さんで絞って貰った『the幸村』の分析結果が滝沢さんから送られてきた。

アルコール度数17.7度(昨年は17.3)日本酒度-2.5(同-5)、酸度2.9(同3.1)でした。
一般的にはアルコール度数14~15、酒度±0~+5、酸度1.5位が普通なので、私たちのthe幸村の数値がいかに違うかがわかりますね。

数字で云っても分からないので言葉で表現すると、アルコール度数17.7度(普通は14~15)ですから、強いお酒ですね。日本酒度-2.5(同±0~+5)ですから、スッキリ辛口でなくコクがあります。酸度2.9(同1.5位)ですから、酸っぱさが強いのです。

これを飲んでみると、香りが高く、のど越しがいいので、ワインのような感じで飲めてしまいますので、アルコール度数が高いために酔いが強く、『危ない(酔っぱらってしまうので)お酒』となってしまいます。

王滝で15日に行われる観郷ウォーク開催について長和の柳沢君に連絡をして、先日の長和の資料をメールで送ってもらい出題調整。大高木さんが出向くので、大阪にいる大高木さんに連絡、打ち合わせを行う。

4時15分、青木村の道の駅に到着。体験者の到着を待って、宿泊旅館の「富士屋ホテル」に行く。5時30分からほっとステイや観郷ウォークの勉強会。私の「ふるさと回帰予備校」の教本を使っての講演。真剣にお聞きしていただいた。7時から懇親会。農協観光の塩野さんから、何回も『皆さんの活動に感激しました。皆さんの商品提案に感激しました』とおっしゃっていただく。ありがとうございます。富士屋ホテルでは久し振りの日本料理を頂く。とにかく昔料理で、懐かしさを覚えてしまいました。

2008年3月 7日

●真田から体験者が

朝、昨日までの私の九州博多商談会と熊本キャラバンと、大高木さんの5日の東京商談会に参加して得た情報を話し合う。

私達の行っている「ほっとステイ事業」が東京での講演会で『これからは・・・・』と示唆されたとのこと。説明会場では『私達は今の講演されたことをやっています』と商品説明を行って来たと自慢していた。

私の方は昨日までの動きで判った、茅野市を含めた範囲でルート化しなければと茅野にも伝え、これについて観光協会まで巻き込んで資料を作りましょうということになり、観光連盟が話しにのってこなくても、こちらは独自で行いますと伝えてきたと話す。

8時50分、公民館へ真田から「信州しあわせ村真田」の余頃さんと山崎さん、大久保さんに引率されて『ほっとステイ受入家庭』が、武石の受入家庭に入っての体験会に11人がやって来た。

小沢根の桜井さん宅と小寺尾の宮下さん宅へ案内し体験して貰う。ありのままの体験を提供する事に対して理解をするために来たのですが、良く理解して貰ったようだった。作業は両家とも「剪定枝の片付け」を行う。

2時30分から公民館をお借りし、信州せいしゅん村から受入家庭に伝える大事な部分の説明を対談を含めて講演させて貰う。4時迄まで。

昼食後、℡をしっぱなし。
亀屋ホテルの平岡支配人と資料作成、県観光協会の小林さんと台湾からの修学旅行、長和の森田さんと小学校の学校交流、立科の吉澤さんと長野県庁行きの件。ほかに中川大工さん、後藤行政書士。2時20分、真田の打ち合わせにやっとこ間に合うような状態だった。

真田の一行をを見送った後、再度大高木さんと朝の打ち合わせの続き。松本の「長野県工業技術総合センター 情報技術部門 情報システム部 主任研究員 北 沢さん 」と第2回キッズデザイン賞の募集案内が北沢さんからきていたので、電話し北沢さんの考え方等をお聞きし、前向きに検討していくことにする。

夜は、水野さんから長野県デザイン協会の長野県デザインアワードと北沢さんが薦めてくれた経産省のキッズデザインについて話し合う。ヤルとなれば忙しいですね。


2008年2月29日

●事務所で話が弾む

朝一番で武石地域自治センターに『ふるさと回帰予備校』の教本を届ける。そのあと商工会に同じ様に届け、教育事務所にも届ける。

教本を送り届けるリストを作成。各所に送る。どんな反響が寄せられるか楽しみです。

〔じゃむや:宮下〕さんが、毎日新聞への広告掲載について相談に来る。宮下さんだけで負担して広告を出すか考えてみたいとのこと。ただ広告は統一した名称を使った方が広告効果が上がるとの認識では一致。今後どうするか検討をしていくことになる。

信州大学感性工学科の上条先生と、今計画している桃源郷街道の評価判定について、明日の1時30分からの研究会に先立って、10時から信州大学の繊維学部の研究棟でお会いし、話をすることになる。工業試験場の北沢さんも同席して貰うことになる。こちらも吉澤さんと大高木さんが同席して話し合います。

3月4日に県観光協会主催の九州での商談会が行われるが、その足で5・6日に訪れる熊本の県立高校が入試で訪問できないことが判って大慌て。青木の宮下さんたちは大分県に訪問先を変更することになったが、私たちだけは熊本の私立高校へ行くことになり、複雑な心境です。

〔ぶどうや:鈴木』さんが、寒晒し作業の件で、午後一番で打ち合わせに立ち寄る。広告方法や法人化、農作業、農法、品種の話が弾み、長引いてしまい3時を回って帰る。冬だから暇だそうです。

奈良の横井先生より内閣府の行う予定の事業の資料が送られてくる。読んでみると私たちが目指している方向に合致しているのですが、申請して採択してもらうには大変な仕事になると思う。
良く考えてみないといけないです。

依田窪南部中学校の依田教頭先生と来年度の授業で、協力してやることができないか検討していますと呼びかけられる。是非やりましょうと返答する。

2008年2月28日

●寒晒し・大学・教本、急がしい

本当に忙しい一日だった。体がもう一つ欲しいぐらいで、どうにもならない。

急遽9時から、寒晒ししていた玄蕎麦を昨夕水分計で見たら12~14%になっていたので、過乾燥になってしまうので取り込むことになり、その手配を行って、王滝村の胡桃沢さんと3月3日に勉強会の準備について話し合い.。そして寒晒しの乾燥場の現地へ。

鈴木三千夫さん、飯田さん、鈴木孝男さん、大高木さん、尚子さん、私の6人で、紙袋に入れては量っての作業を繰り返し、全部で1850kg。11時30分までかかる。今年の寒晒しは量が多くて大変だったが、何とかやり終えました。トータルは、お米は24俵、玄蕎麦は2300kgです。先日茅野市で行っているのが新聞で紹介されていましたが、500kgとなっていましたので、私たちの方が7倍ぐらいやっていることになるわけですね。もっと精進しますのでよろしく。

そのあと12時15分まで、大高木さんと焼酎の仕込む数量について話し合ったり、今度の2日に東京の有楽町で行なわれる県のふるさと回帰のシンポジュームについて、県の担当者や立科の吉澤さんと情報交換。いろいろな相談事が出てしまい、時間がかかってお昼も食べている時間が取れなくなってしまう。

午後は、大高木さんには佐久市の橘倉酒造さんに行って貰い、私は1時からの長野大学の地域連携センターで協力者会議に出席。行政や高大との連携は報告があるが、民間の方は取り扱い方すら決まっていない状態では、民間から持ち込まれないことになってしまう。このあたりをしっかり対応して貰いたいの申し入れ。大至急整えていきますと言っていただく。

会議後、三田先生とこれからのコラボについて話す。春から学生さんと統計等を集めて、効果を計る部分を受け持って行きたいとお答頂く。再度半日ぐらい時間を取って話をすることになる。

上田市役所へ行って、農政課長、観光課長、企画局長、秘書課長、公園緑地課長に「ふるさと回帰予備校の教本」を届ける。

4時に信州銘醸さんへ伺い、飯田さん、鈴木さん、大高木さんの4人で寒晒しの麹の出方を拝見させてもらう。杜氏の西沢さんとお話しする機会があり、昨年の仕込みの状態と今年を比べてどうかとお尋ねする。去年もあれで面白かったかな?とのこと。The幸村は進化するお酒ですということかな。

4時40分、地方事務所で、商工課、農政課、地方事務所長、企画課、副所長にふるさと回帰予備校の教本仕上がりを披露方々お礼を言ってくる。どこでも感心していただく。所長とは『これからですから、よろしくお願いします』と、今後の協働をお願いする。

2008年2月27日

●長野県庁へ届ける

朝、昨日届いた「ふるさと回帰予備校」の教本を車に積み込み、8時30分、小雪が舞い降りていた道を長野市に向けて出発。スリップしそうで怖い状態。

10時、テレビ信州で支社長の羽田さんとお会いし、ふるさと回帰予備校の教本を手渡す。観郷ウォークの開催について、これからの予定表を送っておいて欲しいし、ほっとステイの受け入れ予定も送って欲しい。予定表に基づいて収録の予定を立てて、皆さんの活動への協力をしますと言って頂く。アリガトウゴザイマス。

10時45分、信濃毎日新聞の事業局の吉川次長にふるさと回帰の教本をお渡しし、観郷ウォークの件も話す。教本を使った事業も計画しませんかと申し入れたら『良いですね、何とかしたいですね』。そして『観郷ウォークの皆さんの事業計画をください。事業費の負担も出来るかも知れませんね。ほかの場所で開催も考えられますか』と言っていただく。勿論いいですよ。どんどん行きましょう。

11時30分、県庁で農政部農村振興課に教本を届ける。熊谷さんが大変喜んでくれ、課長や代理も一緒に見て頂いて、県の計画にも取り上げてありますよと話される。初耳なことなので驚くと、計画書を提示される。しっかりと計画された中に私たちのことが取り上げられていて光栄なことです。春になったら現地(武石)に足を運んで、寒晒し蕎麦、寒晒し純米酒、ふるさと回帰予備校やほっとステイ事業を確認したいと言っていた。是非来て下さいね。

11時50分、観光部観光振興課へお届。田舎暮らし案内人の若林さんが『早速これを使います』と言っていた。役立てて下さいね。

12時、長野県観光協会へ届ける。各地の情報センターへ送りますとのこと。お願いします。

12時30分、職員センターで中澤さんと九州の商談会参加について再確認。

1時10分、菅平プリンスホテルの大久保社長と食事。『一緒に食べないと怒られてしまう?から』と。実は本当は話をしたいんだって。ふれあいが人を成長させると云いますから、どんどんお話しましょう。

2時から、県職員センターで今度の3月4・5・6の九州での商談会とキャラバンの打ち合わせ会に出席。ファイルをみんなで作り上げ、茅野の観光連盟の横川事務局長jと九州の商談会が同じ班で行動することになったので、今後の段取りとを話し合う。心強い方と一緒で助かります。協力し合って誘客に結び付けましょうね。」

3時30分、終わって長野駅で切符を買いに。3人分を購入するのに30分も掛かってしまう。支払った代金は44500円。切符は8枚でした。

4時50分、長野の吉川次長に『教本を上田支局に届けてくれ』と言われていたので、初めて信濃毎日新聞上田支局へ顔を出して、ふるさと回帰予備校の教本をお渡しする。以前から顔見知りの百瀬さんが取材してくれた。

6時過ぎ、デザインルームエムへ行って、水野さんと夕食を取ることになって、レストランへ。『教本では本当にお世話になりました。おかげさまで素晴らしい評価をいただきました。これも水野さんのおかげです。これからもよろしくお願いします』。


2008年2月26日

●肺ガンで、手遅れ。手術ができない。教本が届く

朝からほっとステイ受け入れ家庭に配布する確認書の手直しを行う。9時過ぎに大高木さんもやってきて筑波の農林省の研究室へ電話して、グルテリンの分析の件で話しをする。昨日の新潟県燕市の施設を、ここが一番いいですよと紹介してもらい、電話を切る。良かったですね。

ほっとステイ確認書を配信後、税理士事務所の横関さんに見直しをしてもらったらまずい部分が見つかり、文言を一部訂正しなければいけなくなった。また手間がかかります。

マップを見て、昨日漁業組合の井出さんが電話を寄せてくれ、今日再度電話をいただく。マップの中で『スイメン=箱メガネ』を使っている写真を見て『違法漁を行ってはいないですか。モリを使って魚を捕ってはいけないですよ』とのことだった。勿論やってはいないし、受け入れ家庭にもだめですよと注意して使ってもらっていますと返事をする。『子供たちが川で水に親しまなくなって困っているので、大変結構なことですが、十分注意して楽しんでください』と楽しむことは喜んでくれた。

11時過ぎに、信州せいしゅん村のメンバーで、〔だいじん:伊藤誠吾〕さんがやってきた。てっきり佐久総合病院に入院していると思っていたのでビックリしてしまう。『あれぇ、どうしたの』。『追い出されて来ただ』。『えぇ、どうして。手術が終わって、落ち着いたらお見舞いに行こうと思っていたのにさぁ』。『肺ガンの手遅れだってさ。調べたら心臓に肺ガンがくっ付いていて、手術ができないだと。放射線治療も心臓があって放射できないんだってさ。抗がん剤治療をするだけの人は、ベッドが足りないので退院してもらって、通院をして貰いたいんだってさ』。『え・・・・』

昔から伊藤さんは気丈な元気な人です。メンバーリストでも紹介しているのですが、市役所を退職してこれからせいしゅん村活動に協力させてくれと申し出され、期待している人なのに悪魔に取り憑かれてしまったわけで残念です。『何かあったら連絡を呉れや。できることは協力するで』。と言ってお帰りにおなる。又よろしくお願いします。

ふるさと回帰予備校の教本が午後届く手はずになっていて、1時過ぎ、置き場所を確保する作業をやっていると、デザインルームム社長の水野さんが受け渡しの立ち合いにやってくる。ちょっと遅れますがといわれたので、事務所に寄り込んでもらってお茶。

そこへ中川さんと北原さんがふるさと回帰予備校の看板を掘り上げたのでと看板を持ってくる。
更に、増子塗装さんも教本と寒晒ししたお米を受け取りにやってくる。居合わせたみんなで看板の仕上げ方法を話し合い、再度中川さんたちに持ち帰って仕上げて貰うことにする。

ふるさと回帰予備校の教本5000部が届く。7人で手渡しで運び込む。ご苦労さんでした。事務所で封を解き、仕上がり具合を確かめながらお茶を飲み、ワイワイガヤガヤ。良くできた教本だと思います。県庁へ電話して、明日お届することになる。

増子さんには寒晒ししたお米をお渡しする。腎臓病に効果のある低タンパク米で低グルテリン米の『春陽』ですから、さらにお米の機能は高まっているはずです。効果が出るといいですね。

5時、伯母さんの入院している老健施設へ出かける。だいぶ慣れてきた様子で安心しているのですが、3月いっぱいで家に帰ると言ってやみません。主治医は4月いっぱいはいて貰わないと、回復しませんからといわれているので困ってしまいます。説明するとわかるのですが、すぐに忘れてしまうようです。仕方有りませんけれど。

そのあと、入院しているお袋さんのところへ顔を出す。入った時より半分ぐらいの痛みになったらしい。早く完治してくれればいいなあ。

帰宅したら〔じゃむや:宮下〕さんが立ち寄ってくれていた。『三宝柑』のジャムを作ったが、入れ忘れの失敗作と上出来作の二通りを置いていってくれました。味比べが楽しみになりますね。

2008年2月24日

●雪の思わぬ影響と入院対応

8時48分、休日なのに明日の仕事が、今朝から雪が降っているのでやり辛くなってしまうので、会社に出かけて雪かきをやってくると言って出掛けた息子から電話が入り、『車が雪道でスリップし、縁石を乗り越え、タイヤがまたいでしまって、身動きが取れなくなってしまったので助けてくれ』と云ってきた。

助け出しに行ってみると、カメさんが腹の下に石があって、バタバタしている様な状態。私の車で牽引して出そうとしたが、タイヤが縁石を乗り越えられず、車を手前に引っ張ってしまうだけ。近くに大屋の角龍さんの小屋があったので、連絡をして、そこから10センチの角材を3本借りてきて、ジャッキアップしたタイヤの下に敷き、引っ張ってみると見事成功。通りかかった人一人と会社の上司一人の4人がかりでの脱出劇でした。

原因を聞いてみると、突然鹿が飛び出して来て、避けようと急ブレーキを掛けてしまい、雪道だったので、スリップしてスピンし、縁石に乗り上げ、動けなくなってしまったとのこと。幸いにも対向車もなく、人も歩道を歩いていなかったので、人身事故にもならずに済んだので、不幸中の幸いだったようでした。帰宅したら10時30分過ぎだった。

昨日入院したお袋さんのところに顔を出してみると、同じような状態で頭を痛がっていた。原因が分からず不安だらけです。

そのあと伯母さんのところに顔を出してみると、冴えない顔で『わたし、おかしくなってしまいそうだよ』と訴えてきた。精神的に参っている顔で、『眠剤も安定剤も、今までは飲んでいたのに、取り上げられてしまって、飲ませて貰えないんだよ』と言っていた。同室の人が体調の関係で話ができない人で、テレビもないし、ボッーとしているだけで何もいいこともなく、困り果てている様子でした。

お世話をしてくれている方にお話しをし、ずっと一人暮らしをしてきているので、個室に移して貰い、テレビも買ってきて据えることで了解してもらう。老健施設はどのような生活をして過ごしていくのだろうかと分からずにいたのですが、食事風景を見ていても、誰もが寡黙でひたすら食べているだけでした。最小限の対応で運営しているのが分ります。伯母さんが入所したので、様子がわかったのでしたが、わからずに対応が遅れてしまって、伯母さんごめんなさい。1時前に帰宅。

2時過ぎ、上田へテレビや下着や食器を買いに行き、5時過ぎにそれぞれ買ってきたものを入院している人たちに、届けたり据え付けたりしてくる。

今日は寒くて、風が強くて、この冬一番の辛い一日だったかな。息子の車を助けに行った時も、風の影響だと思うけど、アカマツが倒れて電線に寄りかかっていて、中部電力へ電話して、対応をお願いをしました。明日朝の路面状態は最悪になるでしょうね。朝6時に会社に出かける息子に、気をつけろよと話すぐらいでした。ふるさと回帰予備校の教本の出来上がりが、26日の午後だと水野さんが連絡をくれた。楽しみです。

2008年2月21日

●悩みは次々と襲ってくる

先月中国からほっとステイにやってきた添乗員の王さんからメールが入っていた。(原文のまま)

信州「せいしゅん村」
むらおさ 小林様
シンセンCITSの王です。この度、大変お世話になりまして、誠にありがとうございました。メールの返事が遅くになり、申し訳ありませんでした。

今回の修学旅行、いろいろ小林様に助かっていただき、本当に感謝の気持ちがいっぱいです。実は帰国の前日に小林様にお別れの電話をしようと思ったら、間違えて、違う小林様(小林一洋)のところにかけてしまいました。(笑)残念でした。

今後良かったら、ぜひまた修学旅行のホームスティをせいしゅん村にお願いしたいと思っております。私は修学旅行を主に担当していますので、またお会いできると思います。ご期待に応じえるように頑張ります。よろしくお願いします。

ご家族の皆様にもよろしくと伝えてください。今後ともよろしくお願い申し上げます。

追伸:もしご機会がありましたら、ぜひ家族の皆様と一緒に中国に旅行しにきてください。中国で皆様との再会することをお楽しみに待っております。

では再見!(笑)

12時過ぎ、信州しあわせ村真田の斎藤さんと、この3月に行われる「招待験会」の案内状について、文章表現やスケジュール等の内容について話し合い。中途半端でやっていると相手側から不信感を買ってしまうので、しっかりとやって欲しいとお願いする。

午後1時過ぎ、袋に取り込んである寒晒しの玄蕎麦を、秤にかけて22,5キロづつ計量する。2時、作業の終り頃に増子塗装さんが集金にやってくる。お茶を飲みながら話を聞くと、腎臓病を患ってしまい、機能が三分の一駄目になっていると宣告され、これからはしっかりとした食事制限しないと、人工透析が始まる様になってしまうと嘆いていた。

たまたま私は今年から、腎臓病を患っている人用に、お米で低蛋白質の『低グルテリン米・春陽』を栽培しているのでお譲りしますよと声を掛けてあげる。確か真壁さんが精米機を持っているので、貰っちゃいましょうと云うことになり、電話すると『いいよ、持って行って』と快諾を頂く。申し訳ありません、みんなで助け合いましょうね。

積み込んだ蕎麦を小諸に向けて出発しようとしたら、王滝村の増田さんから電話が入り、明日お話を伺いたいといわれる。信州おんたけ村の総会に村長が出席する予定になっているらしい。分りました、会いましょうと返事をする。

3時過ぎ、寒晒し玄蕎麦13袋292,5キロを軽に積んで小諸の大西製粉へ運んで行く。社長は小諸市の観光協会の副会長をやっているので、お茶を飲んでいるとついその方向に話しが向いてしまいます。10年間でお客様の傾向はどう変わりましたか。10年後はどう予測しますかと切り出す。難しいといわれてしまうが、それをやって積み重ねて、ようやく信州せいしゅん村活動の10年が今日の成果ですよと伝える。

佐久の橘倉酒造の社長と今年の仕込み量について電話で話し、来週27日に再度伺って計画を進めささて貰うことになる。社長は作るのは簡単だが、どこに売り込むのかしっかりして決めていないと駄目ですよと忠告をしてくれた。その通りですね。

信州銘醸の滝沢さんに、昨日運び込んだ原料から試食用に2升を避けといて欲しいとお願いの電話をすると、もう仕込み作業が始まっていて、できませんといわれる。ゴメンナサイ。ところで詳しい説明があるので、明日の契約所要時間は30分では短いので、土曜日に伺いますといわれ、何に説明を加えるのと問い合わせると、原価計算ですとのこと。昨年の3倍弱を仕込むので安くなると思っていたのに、寝耳に水のこととはこのことかな。

真壁さんのお店に行って精米機を譲り受けてくる。増子さん用に使えるかな?

県の観光協会からメールが入っていて、埼玉の高校生が修学旅行にやってきたいので、関係資料を欲しいと依頼だった。早速送り、制約になるようにとお願いする。

農業普及センターの桜井さんに、寒晒ししたお米の成分分析をしてみたいので、分析できる所の紹介をお願いする。長野の食品工業試験場を紹介していただけることになった。

2008年2月19日

●本当に火事は怖い

昨日、火事で燃えてしまった『上のうち』の惨状を見る。母屋の東と西の両サイドが残っただけで、中央部は棟木まで吠え落ちてしまっている。よく何もかも灰になってしまったと云われますが、火事は黒焦げになった醜い姿が目に付くだけで嫌になります。片付けをするにしても大変です。

同級生の彼にお見舞いの挨拶をする。いつも住まわれているおばさんは、病気で手術を受けて入院中だったので、不幸中の幸いになっているのかも知れません。班の伍長をやっている私のところに、『班は違うが傍なので、隣組で家事のお見舞いに伺わなければ』と、近所の長老がやってくる。隣組の意見調整をして、お見舞いを差し上げることになり、私の家に届けてもらうことになる。

私の家に、近火見舞いにやってきてくれる人がたくさん。ご迷惑を掛けます、ありがとうございます。

13時、第23回桃源郷街道推進会議の会議に長和町に出かける。各地5支部の皆さんがやってきてくれ、全員揃うまでに商談会用で配る全地域を挟み込んだクリアーファイルを120部を作る。

その後、ほっとステイの報告やその質問に時間を費やす。まだまだ私を含めて未熟な部分を持っていますので、しっかり取り組まないと駄目になってしまいますので、責任者をはっきり決めて、各事項に取り組んでいきましょうと励ます。

中国のほっとステイ受け入れはどの受け入れ地も良かったと評価していました。


2008年2月18日

●東京へ、そして隣家の全焼

今朝は寒い。氷点下11度だった。久しぶりの寒さは身にしみます。

8時30分、家を出て上田駅へ。9時34分の新幹線に乗り込む予定で列車を待っていると、直前に妻から電話が入る。

『上のうちが火事で、全焼になってしまうよ』。『えっ、本当かよ。おばさんは入院していて留守だろう。どうしたんだ』。『息子さんが昨日帰って来ていて、帰ったようだよ』。『ふーん。ところで我が家は大丈夫かよ』。『風向きが西向きなのでこっちは大丈夫。消防が入り易くなるように、庭に停めてある軽バンを移動させて、入って貰うようにしてあるからね』。『そうか、それは良い対応だ。ほかの家にはどうだ』。『前のうちは大丈夫、上のうちの前の家はガラスが割れて大変みたい。家財も運び出したよ』。『そうか、気をつけとくれ。お手伝い(家事の炊き出し)もしっかりしてくれよな』。『ええ、大丈夫』。『いろいろお願いな、電車が来るからな。行ってくるよ』。

11時20分に近ツー東京本社での公立中学校商品説明会に伺う。35人の社員が待ち構えていてくれ、各地区のパンフを配りほっとステイと観郷ウォークの説明を行う。会議責任者の松井課長が言葉を補ってくれて、大変良い評価をしてくれていてありがたかったです。

昼食後、日本農業新聞の宗和さんを訪ね、ほっとステイ受け入れアルバムをお渡しする。チェックシートを見て『私がやってみます』とのこと。結果が楽しみです。

2時20分、再び近ツーの高校対象の会議の席上で説明をさせてもらう。これからが楽しみです。

3時過ぎに農協観光さんのグリーンツーリズム課へ顔出し。アルバムをお渡しし、誘客の資料として活用して下さいと差し出すと、『これは良いですね。さっそく今話しを進めている学校様にもっていきますよ。使えますよ、これは』。ありがたい評価、狙っていた通りに役立ちそうです。

信州銘醸の滝沢さんから、火事近火見舞いの電話が入る。驚いていた。寒晒し純米酒の仕込みについて、量をどのくらい仕込むか明日中に決めてほしいといわれる。原料の用意はできているので早速決めますと返事をする。中川大工さんからも心配してくれた電話が入っていた。心配していただきありがとうございます。

4時にイオンさんから電話が入る。『今日の会議が長引きそうで7時から8時になってしまいそうなのでどうしましょうか』とのこと。皆と相談し、今日のお話はしないことにしようと電話を入れ、断念を伝えると、担当の環境貢献の担当者には内容を伝えてあり、都合をつけ合って会って下さいと言われ、再度連絡とって都合のよいときに伺うことにして帰路に就く。

7時に帰宅。隣家の火事の様子を見てみると、無残に崩れ落ちていた。お気の毒で、言葉の掛けようもないぐらい。本当に残念です。

2008年2月17日

●ほっとステイアルバム、出来上がり

水野さんが届けてくれた『ほっとステイアルバム』と『チェックシート』を大高木さんと仕上がりを確認する。予想していた通りの出来で大変うれしいのですが、パンフの色は少し赤が強く、緑色が冴えない状態で少々がっかり。

でもこのアルバムは07年度の一年間を通じて受け入れた39校のシーンを、日を追って載せているので、見る人にとっては体験内容が一目瞭然で、訪れたい時期に何が行われているのかが分かるようになっていますので、検討する資料には最適でしょう。手にした人のコメントが楽しみです。

明日の東京営業の資料を整える。明日は近ツーと農協観光、時間があれば日本農業新聞に寄って、5時過ぎのイオンさんと会う予定です。

2008年2月14日

●旅行エージェント廻り

朝4時に目が覚める。昨夜早寝をしたせいかな。

8時45分、名鉄の名古屋支店の朝礼に参加し、自分たちの商品を説明させてもらう。

10時に近ツーのインバウンドの担当者に、中国向けのほっとステイと観郷ウォークの説明をする。まだまだこの商品の価値が知れ渡っていないと実感。

1時に日本旅行の教育旅行で説明をさせてもらう。2時近くまで説明し、1Fで一般対象の説明を再び行い、他の班との集合場所のホテルへ戻る。

3時過ぎに信州へ向けてバスが発車、7時30分に武石に到着。

まだまだやることが一杯あると感じた二日間でした。

2008年2月12日

●妻の誕生日

朝から地元の依田窪南部中学校の学校評価に関する提案書を作成し、午後3時過ぎに中学校の校長先生と学校評価の評価方法のことで話す。来月5日に行われる会議の開催日は、私が福岡県での商談会に参加するので、欠席になってしまうので1時間も話してしまう。

4時15分、水野さんが教本とチェックシートの訂正版を届けてくれ、再チェックをしてくださいと言って、置いて帰る。大高木さんと見直してみると単純なミスが何か所も見つかり、再度訂正を加える。明日から二日間いなくなるので大変なことになってしまうところだった。

水野さんの事務所に再訂正の電話を入れ、夕食後7時過ぎに書類を届ける。水野さんはいなかったので真島さんに説明をして訂正内容を確認してもらう。

今日は妻の誕生日なのに何にもやってやれなかった。ゴメンナサイ。

2008年2月11日

●教本が印刷に回ります

朝から昨夜やった『ふるさと回帰予備校』の教本の直しを再チェックする。11時に水野さんが訂正本を受け取りにやってきてくれた。これが最後の訂正ですねと言ってお渡ししたが、そうあって欲しいですね。ほっとステイアルバムのゲラも持ってきてくれて、再確認したがOKでした。

玄関の庇から雪解け水が漏れてきたので、点検したら雨樋が凍っていて、詰まっていたので取り除く。今日は日中の気温が5度を越していて、久し振りの温かい日だった。

午後、寒晒しで使った玉ねぎネットを片付ける。袋の中に残っていた玄蕎麦を取り出し、形を整えて丸めて束ねる。1時間30分も掛かる作業でした。

お茶を飲んだ4時過ぎ、パソコンに向かい、13日14日の名古屋で行われる観光商談会の営業資料を作る。

2008年2月10日

●同級生が飲みにやってくる

大雪だ、15センチぐらいは降ったかな。雪を片付ける。

12時に伏見君夫妻が飲みにやってくる。昨年末に彼の家で御馳走になってきたのですが、年が変って早くやる予定でしたが、急がしさに紛れて延び延びになっていたのですが、ようやく今日出来る運びになりました。本当は夜の予定だったのですが、昨夜からの大雪で、雪が片付いたので『雪見酒』でやろうと、変更して来てもらったのです。

春から東京の本社に転勤になりそうで、どう対応するか悩んでいた。88歳の両親を残して夫婦で赴任する訳にもいかず、どう選択しようかなと言っていた。大変ですね。

帰った後、一寝入りしてしまったら夕食だった。

夕食後、県の熊谷さんから教本の手直しをFAXで頂いたので、手直しを7時から9時までかかって終了させる。それにしても熊谷さんにはありがたいことをやってもらって、感謝のしようもないぐらいです。

2008年2月 9日

●ふるさと回帰生活チェックシート

チェックシートの裏表紙につける『ふるさと回帰生活チェックシート』を作る。お昼までかかってしまった。水野さんに送る。

1時30分過ぎ、別所温泉へ名古屋の資料を届けに行く。会費も支払ってくる。

3時に帰宅。大高木さんが待っていたので事務所によって貰い、水野さんを待っていたが来ないので、来たら連絡するからと別れたらすぐにやってきた。時間は4時だった。

水野さんは教本の原稿を訂正したものを持って、打ち合わせに来てくれたのでした。出版屋さんが原稿を見て評価してくれて、『なかなかこういった形のものは作れない』と、褒めていたと情報を流してくれる。評価がいただければ嬉しいですね。

2008年2月 8日

●教本の最終校正を届ける

10時に入院しているおじさんのところに、お見舞いとこれからについて打ち合わせ。社会福祉協議会の方も見えて話し合いに乗ってくれた。

12時過ぎに上田の水野さんの事務所に、教本の訂正版を持って行く。これが最後の訂正ですから早く仕上げてくださいとお願いしてくる。

帰宅して昼食を食べ終わったら2時を過ぎていた。
ふるさと回帰の理解度チェックシートの裏表紙に、現地に立ってチェックする表を作る。

鹿教湯温泉の久保田旅館組合支部長と3月5日の東京での商談会の参加方法について相談。積極的に参加していくことで了承を得る。

2008年2月 7日

●県庁で教本を農政部長に披露

ふるさと回帰予備校の教本作りで、間違えて原稿を消してしまったので1ページ分を作り直すことになってしまった。6時から慌てて作り直し、10時に水野さんに送る。

10時10分、長野市に向けて出発。途中茅野市観光連盟の横川さんから電話が入り、名古屋の近ツーの担当者の方にお会いできますよと返事。他にも電話が入り、県庁へ到着したのが11時30分過ぎ。観光部の田舎暮らし案内人の若林さんに教本を見て貰い、その後観光協会へ行き、常務に見て貰い了解を頂く。先日中国深浅センからのほっとステイを受け入れして、テレビ信州が放映した映像を再度CDで見せて貰う。6分30秒もやっていた。凄い時間を使ってくれた。東京商談会の件を越さんに相談。12時30分退庁。

1時30分から、観光協会主催の「冬の楽しみ方研究会」に出席。信州の冬を提供する商品の意見交換を行う。4時前まで。

4時に農政部に行き熊谷係長に教本を確認して貰い、白石農政部長と話しをする。教本・蕎麦栽培・お酒作り・原産地呼称制度・直売所の事等を話す。5時過ぎまで1時間も喋ってしまった。課に戻り、農業支援の召田さんも教本に目を通して貰う。5時45分過ぎまで。

その後、観光協会へ行き、再度打ち合わせ。県庁を出たのは6時を廻った。

6時45分、上田市の水野さんの事務所で教本の原稿を大高木さんと再チェック。そして水野さんに渡し、説明を完了したら9時40分過ぎていた。

大高木さんと帰りに夕食を食べながら、これからの活動を話し合い、帰宅は10時30分過ぎだった。

2008年2月 6日

●別所温泉にて話し合う

県の観光協会川上さんへ明日の会議の資料を整えてメール。

10時過ぎ、別所温泉へ行き、上松屋の倉沢社長(別所温泉旅館組合長)と話す。終わり頃『じゃらん』の加賀屋さんが見え、同席で話しを行う。私たちの活動を聞いて驚いていた。是非取材させてくださいと申し込まれる。昼食を3人で頂き、帰宅。

2時に、真田の信州しあわせ村真田の斉藤さんが新しいパンフレットを作りたいと相談に見える。大高木さんも同席。今後の組織運営について意見交換を行う。

3時過ぎ、千曲氏の叔父さんが、依田窪病院へ入院しているおばさんの件で話しにやってくる。

作っているほっとステイアルバムの原稿を再点検。

7時30分、水野さんが教本の印刷見本を持ってくる。チェックをしながら今後の展開を話し合う。9時を廻ってしまう。

2008年2月 2日

●育苗ハウスの準備

9時に上田の大島さん宅へ行き、ふるさと回帰予備校の看板を依頼してくる。樋口種苗でネギとタマネギの種子を購入。10時に水野さんの事務所へふるさと回帰予備校の教本原稿の訂正版を持って伺う。初めて社長室へ通して頂き感激だと話したら大笑い『そうだっけ?』

午後は13時におばさんの入院している病院へ伺い、担当の金井さんと今後の施設入所について話し合い。おばさんも漸く自分の状況が判ってきて、以前とは違う捉え方をしてくれるようになった。

夕方まで裏の畑の種を蒔くハウスの片付け作業。暗くなる前に終わった。明日は播種するところへ水分補給を土地にしてやらないといけない。

2008年2月 1日

●なんでこんなに忙しいの

県庁から『ふるさと回帰予備校』の教本に手を入れて頂いた原稿が届いた。農政部長と観光部長の推薦文も届いた。念願が叶ってきます。

巴瓦屋さんの丸山社長がお茶のみにやって来た。世の中の景気が悪いが、自分の家も仕事量が十分の一だと嘆いていた。本当に景気が悪くて困りますね。

水野さんがふるさと回帰予備校の、教本の原稿の打ち合わせに1時過ぎに来た。

2時に信州銘醸の滝澤さんが、寒晒し純米酒『The幸村』の、今年の仕込量と販売について打ち合わせにやって来た。

4時過ぎにおばさんの入院先を退院するときに、次の入所先を確保しなければならないので、色々な施設を見て歩き、入院先のおばさんに報告に行く。6時を過ぎた。

9時に原稿の手直しが完了。熊谷さんにお礼の電話を入れる。

2008年1月30日

●中国中学生ほっとステイ

午前中、『ふるさと回帰予備校』の看板を作ろうと、欅の板を中川大工さんに届ける。刻み場で気取りを立会、良い板が取れそうで、仕上がりが楽しみです。

帰宅して車庫へ車を入れたら、脇に瓶詰されたケースが置いてあった。搾油を頼んであった『エゴマ』が木曽の上松町から届いていたのでした。普及センターの桜井さんが届けて呉れたのですが、生憎と私が留守で妻が受取っておいた『エゴマ油』は、綺麗なコハク色した油でガラス瓶に入っていて、どんなものかが楽しみです。

2時15分、定刻に中国深セン外国語学校の中学生たちが、長和町の道の駅『マルメロの駅』に到着。ほっとステイ&民泊に来たもので、長野県・観光協会の恵崎常務理事に先導されてやってきました。県もインバウンドとして、外国からの観光客を増やそうとして誘致活動をおこなっていますが、全国的には14番目にランクされる観光客数なので力が入っており、今回はその一環で受け入れを行い、バスはこちらに2台、立科に2台の合計4台、186人です。

いつものようにバスで各家庭に配って歩きました。訪問者の「名前」と「歓迎」の中国語文字で書かれたカードっを、掲げて待ってくれた受け入れ家庭に中学生をお願いして、先生方と添乗員を我が家に案内しました。

中国にも農村部はたくさんある中で、今回の行事の目的を先生にお聞きしてみたら、『中国の農村部は、生活水準が苦しく、しかも環境は悪化していて困っています。日本の農村の暮らしぶりと周辺の環境を見せ学ばせ、これからの中国に生かしたい。』と話してくれました。凄い目的意識ですね。

お茶のみ後、受け入れ家庭を回って歩きましたが、村の中を車で走っていると先生方は『綺麗ですね、美しいですね』の連続で言いますので『そうですかね、普通ですよ』と答えたら、みな一様に驚きました。『中国の農村部は全然違います。環境を守らなくてはという意識が全然ないですね、これからは環境を守らなくてはいけないです。』と話してくれましたが、話と行動が伴っていないようです。

行った先々では、各家庭での交流風景をテレビ局が取材に入り、インタビューを繰り返されて大変です。でも家庭は上手に、受け入れを普段どおりにやってくれていて助かります。先生方も楽しそうに歩かれました。

夜10時前に、日本のテレビニュースを見ますかと言って、スイッチを入れたら『毒入りギョウザ』の話がトップニュース。ちょっと気まずいなと思ったが、そのままつけて通訳を介して環境論議。良い体験がこちらもできました。


2008年1月29日

●元気作り支援金申請を取りやめ

8時15分に家を出て上田に向かうが、次々と電話が入り、そのつど車を止めて話をしていたら、9時になってしまって漸く上田の水野さんのデザインルームエムさんに到着。『ふるさと回帰予備校』の製本について変更部分を打ち合わせ。

市内の現場で益子塗装さんが最後の仕上げ工事。私からお茶を勧められいただく。中川大工さんが昨日やってきて、お施主様との楽しいやり取りの顛末を微笑ましくお聞きする。皆いい職人さんだとおほめの言葉をかけてもらう。嬉しいですね。

帰りに中川大工さんのお宅へよって、養生紙を届ける。スズメを取る仕掛けがあり、こんなもんで取れないでしょうと話しかけると『何言うだい、これがいちばん取れる仕掛けだよ』と、説明をしてくれる。昔子供の頃、炬燵にあたりながら、こんな仕掛けを作っていたずらをしていたことを思い出す。

帰宅してメールを見て、長和町の洩りモリケンさんへ伺い、明日の中国中学生のバス運行について立科と調整しながら決める。

午後は長野県の『元気作り支援金』の手続き書類を作成しだすが、どうも気が乗らない。あまりにも行政に頼り過ぎることが、気乗りしない理由ですが、どうしようかと悩みっぱなし。

3時に大高木さんがきて相談、結局見送ることにしてしまう。明日の中国受け入れの手配を再確認して、私は県観光協会の宿題、『冬の学習旅行推進提案書』を作成。

今日は息子の誕生日、聞いたら『三十路になった』そうです。

日本農業新聞のトップページに掲載された記事が目に付いた。
見出しは


食料の海外依存「危険」


首相 目も見ず答弁


農業理解「深めるべき」


「食料は海外でいくらでも買えるという考え方は、極めて危険だ」---。

福田康夫首相は28日の衆院予算委員会で、日本人の食料をめぐる世界情勢が様変わりしつつあり、厳しい現状把握が必要だとの認識を示した。自民党の遠藤利明氏の質問に答えた。

福田首相は「今までは極端なことを云う人は『金を払えばいくらでも輸入できるんだから』という乱暴なことを言っていたが、そうはいかない事情が出てきた」と指摘。食をめぐる不安定要因として地球温暖化や水不足、世界的な人口の増加を上げた。

首相はさらに、食料の安全保障について「農業に対する理解を深めていく必要がある。国民世論も今までは割合のんびり考えていたかも知れないが、今はかなり深刻になりつつあると思う」と、国民が意識を高める重要性を指摘した。

首相が答弁メモを見ず、食糧問題でこれだけ踏み込んだ見解を示したのは初めて。

2008年1月28日

●長野県庁へ行く

今朝は氷点下12度。寒くて嫌になります。

7時に家を出て長野市へ。9時に県庁へ飛び込み,、農政部の熊谷係長と、『ふるさと回帰予備校』の教本への県庁農政部の推薦の言葉をいただきたいとお願いしていた件で、仕上がった原稿を手渡し、再度確認をお願いする。何とか30日にまで間に合わせて私たちにお渡ししますと言って頂き一安心。

次に観光部へ伺い、観光部で仁科係長や田舎くらし案内人の若林さんと『ふるさと回帰予備校』の推薦の件で説明をする。農政部と協調して行って貰えるらしいのでうれしい限りです。

10時30分、長野県・信州観光協会へ伺い、恵崎常務理事と30日に来ていただく中国深センの外国語中学校の受け入れ前の詳細打ち合わせをし、そのあと『ふるさと回帰予備校』の推薦状をいただきたいと再確認をさせてもらう。こちらも快諾を頂き、すぐに間に合わせますと返事をしていただく。

11時過ぎ、テレビ信州の本社へ伺い、平坂局長にお会いし、観郷ウォーク事業の件でお話をする。同席をお願いしますと云われて同席された方がなんと、神田企画局長だった。テレ信さんも気合が入っています。企画書を作成して私たちと相談し進めていきますと言って頂きました。12時に退社。

12時40分、上田の柳町の『おお西』で大阪の中本さんと福井の山崎さんにいお会いし食事を一緒にして、お互いの安否や仕事の先行きを語り合う。2時20分まで。

3時10分過ぎ、立科の新春経済講演会で、長野大学の三田先生の講演をお聞きする。群馬県川場村の道の駅を運営されてきた先生のお話は、当初から大きな箱ものを作らず、民家風の小さな建物を造り、田舎の風景を感じさせることで誘客に結び付けてきたというお話は示唆に富んでいた。

4時過ぎに講演が終わり、立科の吉澤さんと中国の受け入れや観郷ウォークの件で、女神湖の青井さんを交えて話し合い。

帰宅してから寒晒し施設で、蕎麦の展開を大高木さんや鈴木さん、女房の作業を確認しながら手を入れる。

夜7時に大高木さんがきて、明後日の中国中学生の受け入れ準備。歓迎のプラカードと対訳、バス運行表を作成する。10時に終わって自宅に引き揚げ。


2008年1月27日

●教本のチェックシート作成

氷点下11.5度。昨日よりもさらに下がり、この冬の最低気温を更新する。空気が痛く感じます。このまま続けば30日から来る中国の中学生が可哀想ですね。

朝からふるさと回帰予備校で使う教本の原稿書きの本文を訂正後、画像を探し出し、張り付ける作業をするが中々見つからなくて往生するが、昼前にやっと仕上がる。午後はチェックシートに取りかかり、これを仕上げる。

4時過ぎに大高木さんがやってきて最後の原稿の調整。訂正場所を確認して、明日県庁に行って打ち合わせするための見本本を作るためにコピーをして、製本する。6時の完了。

夜7時から区の新年度の常会。私が行く予定だったが電話が入り、後回しできない電話だったので妻に行って貰う。今夜は早く進み終わって帰ってきたら7時45分でした。私の電話が終わって間もなくだった。

2008年1月26日

●教本の原稿を渡す

寒い朝だ。氷点下11度、この冬一番の寒さでした。事務所の水道が凍ってしまった。

午前中でようやく私が書いていた分の教本の原稿が書きあがる。あとは大高木さんに任せてある分の仕上がりを待つだけですが、手間が掛かっているようです。

12時45分、上田の信州大学繊維学部感性工学科で開かれた『感性産業研究会』に出席に出発。1時30分に開かれ、清水教授の講演の後、昨年行われた『感性祭り』の報告で絵本作りの詳細が発表された。時間切れで本題に入れず会場をあとにする。

4時に依田窪病院へ行って、おばさんの主治医の先生から容体と今後の過ごし方をお聞きする。骨粗鬆症による脊椎圧迫骨折で、痛みが取れてきたようだが、これからは骨折の痛みによる腰の痛みは少なくなるが、今度は坐骨神経痛で足の方が痛くなるので、両方の様子を見ながらリハビリを行うようになります。元気になったと言って家に帰るなんてもってのほかで、このまま家に帰ってしまえば、良くなるものも誰もいなくて一人暮らしをすれば無理するようになってしまいだめですよ。4月いっぱいはリハビリできる老健施設に入らないとだめですとハッキリ言われてしまう。おばさんも良く分かったようです。

7時にデザインルームエムの水野さんに原稿を持ちに来て頂く。この間、長野県庁に行くときにお会いし、打ち合わせしてから日にちが経っていないのに、『良くここまでできましたね。この内容は凄いことが書かれていますよ』と驚かれてしまいました。こちらとすればいつも考えていることだし、やっていることなので全然苦にしないことだから、当たり前に書いてしまうのですが、普通はそうにはいかないようですね。旧上田市内の動向を話してくれたが、どこも不景気で困っているようです。頑張らないといけないですね。9時過ぎにお帰りになる。

2008年1月25日

●目が痛いです

一日中、本の原稿を書く。さすがに目が痛くなってしまう。
毎日新聞の「トクプレ」の原稿が届きました。さすがデザインが違いますね。格好いいですよ。

小諸の大西製粉の社長と今年の『寒晒しそば粉』の商品化について電話が入る。200㎏ほど玄蕎麦を欲しいとのことで、調整してお譲り出来るか検討しますと返事をする。

県の農政部に教本の裏表紙に県の推薦状を書いて頂きたいので、来週の月曜日にお伺いたい、とお聞きし了解を得る。完成形の原稿を持ち込み、目を通して頂き、なんとかお願いするつもりです。

寒晒しそば焼酎『寒九郎』の製造量について佐久の橘倉酒造の井出社長と相談。純米酒のことも含めて、お伺いして決めましょうと言う事になった。

夕方おばさんのところへ妻が作った『炊き込みごはん』を持って母親と一緒にお見舞いに行く。すっかり元気になってきて意気軒昂。自宅で一人暮らしができると言いだして、考えていた段取りを否定して暮らしは変えなくても今まで通りの暮らしができると言い張り、最後は説得を諦めて帰ってくる。

2008年1月24日

●ふるさと回帰予備校:教本

朝一番で大高木さんと『ふるさと回帰予備校教本』について相談。書く内容と表現方法について、読者に誤解を与えないようにし、さらには信州へ来て下さいとしっかり書きこもうと確認。今週中に書き上げ、土曜日の夜にデザインルームエムの水野さんに原稿を見せて良否を確認してもらい渡すことになった。午前中は原稿書き。

午後、増子塗装さんと上田の現場に工事の打ち合わせに行く。雪が降り思うように仕事が捗っていず、来週の月曜日と火曜日にかけてやることになる。

電話が入り、双子塚のお客様宅からで、水路敷きの占用許可の更新を行うように葉書が来たので、見てほしいとのこと。
帰りによって確認。更新をしてくださいとお願いしてくる。

3時に帰宅してふるさと回帰の教本の原稿書き。

2008年1月23日

●東京へ行く

7時前に家を出て上田駅へ。今日は東京出張です。7時49分上田発、途中大宮あたりから雪が降り出し、9時15分に東京駅へ到着した時はカメラを取り出して写したいぐらい雪が降っていた。家を出るときは雪降りの気配すらなかったのに東京で雪に会うなんて不思議ですね。

10時に高速道路交流推進財団に新年になっての挨拶に伺う。昨年私たちの『信州・桃源郷街道』の事業計画の提案に対して、3年間で1000万円の補助金を出していただいたのでした。財団では「第一回観光資源活用トータルプラン」を募集し、57の応募があり、私たちは第一席にはなれなかったのですが、優秀賞に選ばれ、参加グループの立科・青木・真田・長和の皆さんと喜び合ったものです。

お陰様で、『信州・桃源郷街道マップ』や『観郷ウォーク』の事業が行われだし、新たな地域活性化活動に進みだしています。まだまだ不十分ですけれど、形になってきていますと報告し、理事長や専務さんと名刺交換をして辞する。

次は14時に神田の近畿日本ツーリストの教育旅行。11時30分に神田に到着したので、早いので周りを歩きお昼にしようと通り過ぎて行ったら『日本農業新聞』の看板が目に入る。私たち信州せいしゅん村は今までに、この社の新聞の第一面に4回取り上げて頂き、掲載されたことがあったので、知り合いの記者に電話を入れてみる。『ああ小林さん、しばらくでした。・・・ぜひお立ち寄りください』とのことで13時に立ち寄る。

高速道路推進財団や観郷ウォークの話をし、更に『ふるさと回帰予備校』の教本作りを行っていて、丁度原稿を持っていますので、どうぞ見てくださいと御覧に入れる。驚きの声を揚げ『これすごいですね。出来上がったら教えてください。いつできるんですか。取材に行かして下さい』と云われる。どうぞお越し下さいと予定を告げ、帰る準備をし始めたら、『ちょっと待ってください。今我が社でキャンペーンを行っている「田園立国」の担当者が来ますので、先ほどの話をもう一度詳しく話して下さい』と言われてしまう。近ツリさんに遅れますと電話を入れ、再度話すと『全国で取材をして歩いているけどこんな本を見たことないですね』とやはり想像していたことおっしゃられ、隣では私たちのやり取り風景をカメラでバシャバシャと撮影され、帰り際には顔写真まで背景を整えてとられてしまう。どうなるやら解りません。

14時40分、近畿日本ツーリストの担当者と話をし始める。例によって『全国のどこの行政でも同じグリーンツーリズムで取り組み、売り込みに来ます』と言われ、気の乗らない対応をされ始める。いつものことなので自分の資料を開き、『ほっとステイ』の説明を始めると目の色が変わるのが分かるぐらい聞きはじめてくれ、最後は『うちの新入社員にも、よく教育をして頂きたい』と懇願されたような感じだった。

16時42分、東京発で帰路に就く。い一日だった。

2008年1月22日

●病院・病院、また病院

上田の現場に大工さんと内装屋さんが入り、仕事に取り掛かる。立ち会い。
上原自動車と住建、本屋によって、10時45分帰宅。

11時に依田窪病院へおばさんの介護の相談に行く。おばさんの自宅のある丸子へ介護リハビリの方3人とで行き、家の中を見て退院後の生活がどうできるか確認し、リハビリを進めたり、改造計画を話し合う。

戻ってレストランで昼飯を食べていたら、姫木平の牛山さん達と行き会い、同席して貰って話し合う。『ほっとステイ』や中国からの中学生受け入れについての報告やら、これからの協力体制について話し合う、2時25分切り上げる。

今度は大屋の病院へ行って入院中の叔父さんを見舞う。介護士さんも同席し、これからの対処の仕方を相談し帰宅。

再び、依田窪病院に入院しているおばさんのところへ行って、午前中の自宅調査の報告をする。『全部任せるから上手くやってくれ』と頼まれる。

帰宅してみると宅配便が届いていて、開けてみると『アクティブ報知』が入っていて、その紙面に大きく、昨年行われた『ほっとステイ』と『観郷ウォーク』が掲載されていた。取り上げていただいて本当にありがとうございます。

その後夜まで本の原稿書き。

2008年1月21日

●ハッパを掛けられる

朝一番で、上田市内の施主さん宅へ中川大工さんと玄関框の打ち合わせに行く。幅7寸の板になるが寸法が取れるかどうか心配だったので、再確認したのでした。大工さんの加工場で墨を打って木取りをしてみたら、何とかギリギリで取れる寸法だった。(欅に白太がない赤身だけを使いたいので苦労しました)10時過ぎに帰宅。

午後2時前に税理士さんがやって来て、年末調整の手数料をお支払いし、今年の動きを話す。ハッパ掛けられる事だらけで、頑張りますとしか云えません。

夕方、名古屋の不動産屋さんから、近くの土地建物を売りたいと相談されたので、評価額を教えて下さいと電話が入る。遠いところで相談が入ったものですね。

10時30分過ぎから夜まで本「ふるさと回帰」の原稿作り。目が痛くなった。